オシム監督のメメント・モリ
アジアカップ カタール戦、怒ったねえ、オシムじいさん。これだけ怒ると、マスコミも叩くことすらはばかられるのが計算か。民族多様の旧ユーゴのマスコミを相手にしてきたボスニア人にとっては、日本のマスコミなんてアマチュアに見えるのかもしれない。
●カタール戦後の発言
「6—1で勝てた試合だ。ボクシングなら3階級の違いがある。お前らアマチュアか。おれはプロだ。おれは死ぬ気でこの試合に臨んだ。お前たちにその気持ちはあったか?」
66歳のおじいさんの「死ぬ気」という言葉は怖い。オシムの年なら戦死もある。そう考えると、オシムの言う「死ぬ気」に到達している選手などいないだろう。オシム発言を告げ口した中村シュンスケには丸っきり伝わっていないはずだ。「かなり怒ってた」って、職員室から出てきた学生みたいに冷めてたし。
●7/13の発言
「ロマンチシズム。『美のために死を選ぶ』というのは過去の話になってしまった。カタール戦で日本ははるかに美しいサッカーをした。しかし1−1という結果だけが残り、あとは忘れられる」と勝利のみが評価される風潮を嘆いた。
昔「人間は走りすぎて死ぬことはない」とか言ってたことからも伺えるが、発言の共通項は「メメント・モリ(死を想え)」なんである。発言の奥に死生観が漂う。怒るときに死臭がする。O・ヘンリの「最後の一葉」のような心境で、人生最後のサッカーと向き合っているのかも知れん。「急にボールが来たから」と決定機を外したりしたら‥‥想像もできないキレ方をするんだろう。たぶん試合後、通訳は小便をまき散らして泣くぐらいの怖さだろう。
でも「死ぬ気」がないのは、オシムのまいた種だと思う。新メンバーを呼びすぎて「国を背負う」という代表の重みが消えた。入試倍率の低くなった学校みたいで、ありがたみ暴落の感。まるでモ−娘。感情移入する間もなく脱退・加入がくりかえされる。
「代表に選ばれる」ってもっと重みあったのになぁ。
この「お前らアマか?」発言が載った新聞をみて、中田は「俺が抜けたからな」という顔で勝ち誇り、カズは「いまの代表、甘いよな」と北澤とうなずきあい、ゴンは「だよな」とカラカラと笑い、ラモスは「ソノトーリナンダヨ!」と憤慨して手に負えない状態で数時間周囲に迷惑をかけつづけ、釜本は新聞を握りしめたまま目をつぶり深くうなずくだろう。アジア最終予選が泥沼だった時代、あなたたちは確かに怖いくらい「死ぬ気」だった。釜本の時代知らないけど。
さて、オースラトリア戦。
アジアの湿気でキューウェルが錆びてなければ、加地の右サイドがズタズタにされる予感。いつまでも元気なエマートンとか、終盤のビドゥカに合わせる「放り込んじまえタイム」とかに苦戦しそうだ。スタミナ勝負と汚いほどのパワープレイに弱いからな。豪に負けたらいよいよくるかも、北海道のルシオ 曽田待望論!!!
個人的には決定力不足より「ケンカが弱そう」ってことが大問題だと思う。ラモスとか中田とか、ケンカするときいてほしいような危ない奴がいない。播戸と闘莉王抜けると、とたんに貧弱なチームに見える。カタール戦には殺気がなかった。マリノスの坂田とか入れたらどうか。ガラの悪さはワールドクラスだ。
text by 副編
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1対1で折り返した後半。レバークーゼンに終止ガンガン責められ、ついにはFKからのセットプレイから逆転ゴールまで許してしまい、トッティの眉間に恐ろしい皺が寄り、チーム全体にイライラがマグマのように込み上げて、ついにローマは噴火した。
開幕戦のフィオレンティナVSローマを振り返ってみるまでもなく、カッサーノは目をみはるほどの悪童ぶりを発揮している。開幕レッドは、流石カサ坊!とうならされるスタート。レフリーへの態度(人を食った笑顔、イエローに対してのふざけた「why?」ポーズ)など絵に書いたような問題児。リッピが代表からカサ坊をはずしたのは英断。だって、やってることが調子こいてるヤンキーなんだもん。先生には逆らっても、恐い先輩には弱いタイプ。いつも彼はピッチの上で教えてくれる。イタリア男性はみんな陽気で気のいい奴ばかりではないことを。

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