芸能・アイドル

2009年4月27日 (月)

夜空ノムコウで草ぬぎ君がセロリぶらぶら

◇草ぬぎ容疑者:
 「裸だったら、なにが悪い!いや悪かった!」

 公然わいせつ容疑で23日、現行犯逮捕された人気グループ「SMAPPA」の草ぬぎ容疑者は、SMAPPAの中でも「弾丸ファイター」として人気を集めていた。俳優やイメージキャラクターとしても幅広く活躍。芸能界では「たぶんオーライ」とはいかず、所属事務所はCM中止やキャラクター差し替えなどの対応に追われ「オーバーフロー!」「時間よとまれ」と悲鳴を上げた。

 ぬぎ容疑者は警視庁赤坂署員に取り押さえられた際「ドリンク スマップ!」と叫び、手足をshakeして暴れた。ぬぎ容疑者は容疑に対し「チョンマル」とうなずき、「GO NOW!」とあっさり任意同行に応じた。

 同署によると、23日午前2時55分ごろ、東京・赤坂の港区立檜町公園の近所の住民から「はだかの王様!しぶとくつよしが騒いでいる!」と110番があった。現場は都心の公園で、複合商業施設「東京ミッドタウン」に隣接している。

 同署員3人が駆けつけると、ぬぎ容疑者は公園内の広場の芝生の上でオリジナルスマイルを浮かべながら「BANG!BANG!バカンス」「しようよ」と大声で叫んでいた。周りには誰もおらず、近くにジーパンが脱ぎ捨てられ、セロリ、オレンジ、10$(テン・ダラー)が散らばっていた。署員が注意すると「どんないいこと?朝日を見に行こうよ!」などと騒いだため、署員3人はTriangleで保護用シートで草ぬぎ容疑者をくるみ、パトカーに乗せたという。逮捕から約4〜5時間後の飲酒検知では、酒気帯び運転となるレベルの同0・15ミリグラムをはるかに超えたアルコール分が検出された。

 近所の住民によると、公園には世界にひとつだけの花が咲き、夜空ノムコウにはもう明日が待っていたという。


◇原宿署へ移送中「幸せの果てに」熱唱

 草ぬぎ容疑者は同日午後0時55分ごろ、建て替え中で留置施設のない赤坂署から原宿署に身柄を移送された。ワゴン車の後部座席に両脇を署員に挟まれる形で座り、青いTシャツ姿で「幸せの果てに」など10曲を熱唱。うつむいた姿勢で表情はうつろだった。

◇ジャリーズJr「君色思い」熱唱

 ジャニーズ事務所は午後0時半ごろ、総務担当者がコメント 「育ってきた環境が違うから、ハダカ好きは否めない。衣服がダメだったり、お酒がダメだったりするのね」。今後は?という報道陣の質問に対し「うーん、がんばってみるよ。やれるだけ。」と突き放した。
 会見後、ステージにジャリーJrが登場し「始めからきっと気づいてた。いつか終りがくること‥‥」と 「君色思い」を熱唱し、草ぬぎ容疑者に捧げた。

◇鳩山総務相「たいせつ」熱唱

 鳩山肉夫総務相は23日、報道陣に対し「地デジを守るため、そのために生まれてきたイメージキャラクター。あきれるほどに、そうさ、強い怒りを感じる。怒りが炎、体、焼きつくす、しょっ中。国民のお金がかかっている。Hey Hey おおきに毎度ありという感覚では困る。KANSHAして行動してもらいたかった。ポスターなどすべて替える」と述べ、「たいせつ」を熱唱した。

◇蚊取メンバー「夜空ノムコウ」熱唱

事件当時、現場近くにいたと思われる香取さんは名曲「夜空ノムコウ」のリズムに合わせて状況を語ってくれた。「誰かの声に気づき、僕らは身を潜めた。公園のベンチごしに警官の姿が見えた。彼に何か伝えようとして、逃げ帰ったその日は、僕の心のやわらかい場所を今でもしめつける。悲しみって、いつかは消えてしまうものなのかな。」と沈痛な面持ちで歌い上げた。

◇否垣メンバー「Dear WOMAN」熱唱

「Welcome ようこそ僕の世界へ」と突然歌い出したのは否垣メンバー。不起訴ではあるが前科もちの否垣は、原宿署にいる草ぬぎについて「君がいまそこにいること 飛び切りの運命に 心からありがとう。昨夜も君が君らしく星空の下で輝いていた」と目をつぶりながら事件当日に思いを馳せた。会見終了後に「ほんとうになぐさめてやれるのは、マエのある僕だけ」とつぶやいた。

◇SMAPPAメンバー草ぬぎ応援コンサート
 『友だちへ 〜What you say?〜』開催

 SMAPPAの蚊取・否垣・中位らは、国立霞ヶ丘陸上競技場で草ぬぎ応援コンサート『友だちへ 〜What you say?〜』を開催!「裸になって何が悪い」と叫んだ草ぬぎ容疑者へエールを送った。
 リーダーの中位は「この曲がかなり古い歌なんですが、今の状況にぴったりなんですよ」と前おきして『裸の王様〜しぶとくつよく〜2009バージョン』を披露。観客1600人が酔いしれた。当日、木村は欠席した。

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はだかの王様 〜シブトク つよく〜2009バージョン

これくらいのサケならいいか
なんてやって すっかり脱いで
急にみんなに責められて
なんかやばい状態だね

文句を言って 気が済むならさぁどうぞ
忘れてくれる 時期をただ待ってます

だから…
jan jan jama jan jama jama ずっと
未熟者でも ご容赦ください
jan jan jama jan jaja それでも
はだかのままが ホントに気持ちいいんです

態度はでかい でも気は小さかったりで
個人としては 結構いいヤツなんです

だけど…
jan jan jama jan jama jama きっと
懲りないんです ご容赦ください
jan jan jama jan jaja まだまだ
オシリの青い はだかの王様なんです

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2008年10月22日 (水)

岸部四郎の空しさを追体験する空しさ

Shiro_2

自他虐CMというのは、余裕があるから楽しめる。

「金はない。時間はある。」

岸部四郎だから笑っていられるけど、年金暮しの老人が出ていたら、笑えない。出てはいないけれど、実際に苦しい年金生活者はあのCMが流れたら、割とシリアスな表情をすると思う。若者には「金はない。時間はある。」の後に「じゃあ働けよ」と続けることができるけど、老人は「でも、どうすれば‥‥」となる。ケータイゲームでもやるかな!となるほどの開き直りはムリだろう。ふつう老人ゲームやんないし。

「金はないけど、時間はある。」のが青春で、「金はないのに、時間はある。」というのが年金暮らしである。どっちにもとれるわけだが、後者の「時間」は残酷である。岸部四郎を笑っているつもりだが、金のない老後を送っている人もいっしょに笑っている、と考えるとひどいCMだ。あのCMを悪者にするつもりはない。でも、面白いけど笑った後の後味が悪いような気がしませんか。そんな気がしない人は、幸せな人だと思う。

自虐ではなく他虐CMではあるが、岸部四郎が許される人格だったりしているから、まだ救いがあるように見える。岸部四郎の実人生のリアリティーはあるけれど、岸部四郎の実人生は一般人にとってフィクショナルな感じがする。金はゼロどころか、マイナスだし。だから、社会的弱者じゃなくて岸部四郎の人生だけを笑っているという気持ちにさせられる。キャスティングの妙と言える。

けれどもだ。そもそも「金はない。時間はある。」だから「ケータイゲーム」というのは果てしなく空しい人生である。読書があったり、人と話したり、季節のうつろいを楽しんだり、いろいろあるが、この選択肢は寂しい。あのCMが教えているのは、ケータイゲームそのものの空しさである。ゲームというのはそこまで悲しいものではないけれど、そういう切り口で描いている。

だから、あのCMに共感してサイトにアクセスしてゲームしている人がいたとしたら、自分が笑われていることに気づいていない人である。そこには岸部四郎の人生はなく、自分の人生が広がっているわけだから。金はなく、時間だけがあって、小さな画面を見ながら指をうごかして過ぎてゆく1日がある。ただでさえ空しいのに、CMが描く岸部四郎の人生とリンクして、その空しさは底なしである。岸部四郎の空しさを疑似体験してみたいという悪趣味で楽しむならば、まだ楽しめるかもしれないが。

Kishi

ケータイゲームは、人生の空しさを教えてくれる。金持ちはケータイゲームはしないのである。そう思ったとき「世の中は金である」というCMに見えた。

text by 副編

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2008年9月25日 (木)

キムタクについて

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どうしてキムタクはキムタクのまま、CMに出れるのだろうか。そして出るのだろうか。キムタクが踊ればギャッツビーのCMだし、コーヒー飲めばジョージアのCMだし、パソコンいじればFMVのCMだし、カメラをいじればニコンのCMなわけだ。ぜんぶのCMをつなぎ合わせたら、キムタクの日常が出来あがると思う。そんなのつくってどうするの。

キムタクを使っていることをブランドだと言いはるのは貧しい発想だ。しかも、ニコンといいFMVといい、出てもらってる感じがするのはなぜだ。カップヌードルの「CHANGE」の件もそうだ。キムタクは毎度キムタクのまま、何様的なゲストな感じで商品を語る。キムタク嫌いということをさっぴいても、何様だと思う。キムタク様か。

いまやキムタクの自然体は、ベタベタな高級ブランド品である。高級ブランドをありがたがる企業の性根に、ブランドとかいうもんが宿るはずがないのに、それでも欲しがる。どれだけ背伸びしても、やっぱり貧乏気質が抜けない。「え、キムタク使えるの、やった!」という貧乏感覚は共感できる。でも、単純にキムタクキムタクって「同じ服着てて恥ずかしくないか?」と思う。

「キムタクの自然体」というものが、いつ世間で共有されはじめたのかはわからない。企業が自然体を強いているのか、キムが自然体を演じたがるのか、タクの演技が下手だから自然体になってしまうのか、それともそのすべてなのかは知らない。

ただ、ひとつ原因としてわかることは、キムタクCMがつづけられることで「キムタクの自然体」が世間に刷り込まれたのは確かだ。「キムタクがキムタクをしている」ことに関して、もう誰も意味(つっこみ)を求めない。鳥は今日も飛ぶ。サラブレットは今日も走る。キムタクは今日もCMに出ている。あなたは今週、何度キムタクを見たか覚えているだろうか。もはや風景の域に達した。それは不自然なんだけど。

キムタクはテレビに出まくるがゆえに、ずんずん客体化されている。それぞれの立場で違って見えるはずのキムタクを、「誰にとっても同じに見えるはずのキムタク」としてテレビで垂れ流されることによって、「別の見方」を抑圧し、「決められた特定の見方」を教育されているような気がしている。

いまやキムタクは、もはや自分は他人に近い、という感覚を持っているのではないだろうか。

だからキムの名言、

「だてにキムタクやってないっすから」

は、すべてを言い表わした至言だと思う。主体である自分を、客体として、切り離してる。

テレビに出すぎる人は、消費されすぎると「自分」という主体がぼやけていく。なんだか自分がわからなくなるよ、という状況に陥っちゃったりするんじゃなかろうか。それは単なるナルシズムとは違ってい、大量の誰かの目線が別の自分を作り上げていく特殊な状況じゃないだろうか。

デーモン小暮などの非日常を商品とする人は「自分」という主体は守られるが、「自然体」という日常を切り売りする人は客体化されることにジレンマを感じていると思う。本当の俺ってなんなんだろう、と思ったりすると思う。

それが長年続くと、もうテレビの中に本当の俺はいない。何をやってもキムタクはキムタクとされる。他者の目線があなたの自然体に関わっている以上、もうそれは不自然だよ。と言っても、もはや何も耳に入らないし、入れてもらえないだろう。批判も屁とも思わず丸呑みだ。そういうの、腹にたまると思うんだが。

キムタクが解放されるには、老いさらばえて劣化するのを待つしかないのか。だが「キムタクって年とってもかっこいい!」がもうすでに始まっている気がする。キムタク、人生に逃げ場なし。それはテレビらしい喜劇である。

Kimotaku
キムタクが変わるはずはない。

text by 副編

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2008年4月 7日 (月)

クイズ番組はバカ発見装置

人気というやつはいつも知らないところで作られる。人気というやつはいつでも自分から発信するものではないからしかたがないが、近頃は目を離しているスキに虚構な人気が演出されている気がしてならない。

Kimu_2

3/4に発売されたばかりなのにサントリーの「ゼロナマ」の支持されてる感、アサヒビールの「クリアアサヒ」はあきらかにすべっているからいいとしても、キム兄のCM連発、西川史子の出演乱発などなど、露出が多ければ人気があることになっていることが多い。

朝、すこしだけ二度寝したつもりで時計をみると、もの凄く時間が進んでいることがあるが、あの感じに似ている。いつの間に‥‥うそだろ‥‥、とテレビを観ても思う。サトエリとやらのCM人気もどうしてこう落ちないものか。切る理由は腐るほどあるだろうに。もうひとつ。ツバキのCMは出演グレードが落ちてるのに勢いで乗り切れると思うなよ。

で、最近とみにそう思うのが、クイズ番組。クイズ番組が氾濫しているからといって必ずしも日本人クイズ大好き、というわけではないと思う。確かに簡単に作れて経費もかからず、出演者そろえりゃ一丁あがり。という作り手側のインスタント感はあるんだろうけど、ここまで乱発されるとそれ以外の理由を探したくなる。

ちょっと前の時代なら、クイズ番組は家族だんらんの場で、みんなでクイズを答えることがコミュニケーションを深める、とされていた。が、理由としては賞味期限が切れている。後の理由として頭に残るのは、紳介のせい、である。

Sinsuke

レディーゴーとかアンサーチェックとかやたら英語をつかう紳介のクイズ運動会をはじめ、クイズ!紳介くんやヘキサゴン、行列のできる法律問題番組などなど、まぁクイズといえば紳介な時代だが、クイズがおもしろいのではなく紳介の力が発揮しやすいシステムが理由だと考えると話が早い。紳介の仕事とは、人間の弱いところを見つける、である。クイズ番組とは正解者を見つけるのではなく、不正解者を見つけるのが目的である。そこが強く結びついている。紳介が売り出したのはバカ発見装置として特化し、クイズを形骸化させたクイズ番組である。

古き良きクイズ番組とかはクイズの正解や、クイズのアイデアそのものにスポットがあたっていた。だが、今はその間違え方やその間違える人を探すことに比重が置かれちゃってる。今、はらたいらには脚光はあたらない。今さら言うことでもないが、ヤな時代だ。そう思わせないために、紳介はそのフォローとしてちょっといい話をするから、バランスがとれる。とれてるつもりだろう。

昨日はじまった「クイズジャパン」ってのもそういういい話を抱き合わせで売る番組だが、紳介のシステムより数段下だった。別番組が入ってるだけに見えた。クイズをやる意味を完全に消しちゃった。紳介の変わり身のうまさがいかに絶妙か、思い知った気がした。

結果、番組から感じたのは、ジャパンとつけた大仰な名前から感じる、これがクイズ番組の新定番!って演出だけ。これも勝手に人気があることにしようとするタクラミがありありと見える。だが反面、ピークは飽きの始まりであるからして、もう限界は見えた、と観られて逆効果。早々に消えるだろう。おつかれさまでした。

Tsuruhei

個人的には司会が鶴瓶というだけで終わってる。こんだけ長年やってて師匠感が薄い。しかも老いてて判断も鈍い。番組的にオールターゲット狙いすぎ。

text by 副編

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2007年10月 5日 (金)

村中ひろしのJ-COM無限地獄

君は村中ひろしを知っているか。えんえんと髪を切りながらトークをしているちょんまげのおっさん、と言えば札幌市内のJ-COMが入っているマンションの住人は気づくだろう。

昼夜を問わず、村中ひろしのカットは放送される。ゴールデンでもチャンネルを変えれば村中ひろし。日曜の昼間でも村中ひろし。無限に繰り返されるひろし。まったく情報がないのに毎日のようにひろし漬け。ひろしと客は、驚くほどに会話が弾まない。しかもコマーシャルがない。そもそもお前は何者だ。

調べてみた。

1954年札幌生まれ。ロンドン・ヴィダル・サスーン出身。原宿のサロンを経て1982年札幌中心部に川島文夫氏が命名した『RIBBONS』を出店。 若手のトップヘアデザイナーを数多く業界に輩出。タレントやミュージシャンが来札時に髪を手がける。なんとビーズが札幌に来ると寄るらしい。

「村中ひろし」google検索で124件

人気もクソもないじゃないか。
まあ、いいか。美容師の卵が勉強のために見てるんだろ、と思って油断して目を離すと、ときどきとんでもない進化をとげている。

海辺でひとり物思いにふける男の映像が流れていた。遠くからの映像で誰かはわからない。しかも音声はカットされ、福山雅治の「東京にもあったんだ」が歌詞無しのアコースティックで流れている。福山か?と思っていると、画面がアップになり「あ、ひろし!」と気づく。海からのせつない風を感じて、ひろしはゆっくり海辺を歩く。

なんだコレ、である。

さらに最近では「村中ひろしの横顔」とか言って、自分語りタイムが与えられている。横顔って知らない一面に光を当てたりすること。正体不明の男を、いきなり横顔から紹介されても困惑する。

最後に村中ひろしの美容室「RIBBONS」の料金をご紹介したい。

メンズカット  3,700円〜
スタイリストカット 4,200円 
村中ひろしカット  5,250円

聖子ちゃんカットやジャンボカットと同じ用法で、村中ひろしカット。
何だか、同じ髪型にされるみたいで、嫌。

Hiroshi

J-COMは電波の使い方が安い。

text by 副編

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2007年10月 3日 (水)

グーグルの間違い?

間違いだったらいいんだけど‥‥

ブラウザの違いで起きる間違いだったらいいんだけど、今日「グーグル」でニュース観てたら‥‥

『格闘家、大麻購入認める=検察側、
 懲役2年求刑−大阪地裁』

という記事。
でも、よく観たら。

Google

あれ?

Kakutouka


桑田に似てるな?

Kusawa

そっくりだ。

Kusawa_2


どういうことだ?
と思ってクリックすると。

Kuwata

道新のサイトだ。
やっぱり違う。
大麻みつかって
あんなに晴れやかな顔なわけないよな。

ひどい冗談だ。
桑田、怒れ!

text by 副編

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2007年8月14日 (火)

世界に羽ばたけ織田裕二!そして落ちろ

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政府開発援助のことを「ODA」というが、私はいつも織田裕二のこと思い出してしまい真剣味を感じない。ODA民間モニター、ODA出前講座、ODA大綱、ODA白書‥‥ふざけているように思える。「途上国へのODA」といっても、抜けるような青空をバックに途上国の貧しい子どもたちを織田裕二がときおり真剣な眉間で、ときおり笑いながら歯をみせて、はげましている姿が浮んでしまう。いっそのことODAのイメージキャラクターにしてはどうか。

世界陸上。あれも「織田裕二の世界陸上」というよりは「織田裕二の世界」だと思う。陸上を通して織田裕二ワールドを体感する番組(なんて番組だ)になっている。さらにモ−リスグリーンなどの面識も親交もない陸上選手をフレンドリーに呼び捨てる様は「世界のODA」という誰も知らない既製事実をいつの間にか打ち立てた。番組のはじめの「ようこそ、僕の世界へ」というテンションに最近、自信や風格すら漂ってきた。俳優には無意味な風格なのですが。

さらに、JRAイメージキャラクターに選ばれたとき…

「ついに来たか‥」

と、打診を受けた織田裕二は思ったそうである。どうして今までこなかったのかと悩んでいた節もある、ちょっと陰を帯びた口調は、単なる「仕事受注」以上の物語を感じさせていて良い。松岡修造?いっしょにすんなよ、レースといえば俺でしょ。という、いつの間にかの増長ぶりをしっかり観ることができる。主演映画をもつ人気俳優という事実が、39歳のおじさんがそうとう調子こいている、という本質をかくしている。

JRAのイメージキャラクターに選ばれ、ドラマ「冗談じゃない」、さらにレギュラー番組「織田裕二の世界陸上」がはじまろうとする今、ひとつのピークを迎えようとしているのは確かだ。織田裕二絶頂期。「ついに来たか」はこっちの台詞だ。

Oda2_2

そんな絶好調ぶりを物語るニュースが入った。


『世界211か国に織田裕二の歌声…「世界陸上」公式ソングに』


8/25の世界陸上大阪大会の開会式で、織田裕二が宝塚&オケをバックにド派手唱!「世界211か国」と「織田裕二」は天秤の皿の上でつりあっている、というイカサマ的感覚が楽しい。宝塚とオーケストラでちょうど同じくらいになるらしい。大阪らしいなあ。

「あっと驚く演出で登場する。とくに衣装に注目してほしい」

と裕二もノリノリ。俺、世界中継!のテンション。世界への進出の仕方を、凄まじいほどに劇的に間違えているのが、織田裕二のでかさだろう。それにしても織田裕二って何だろう。

記事のタイトルの憂いも見逃せない。「歌声」のあとの「…」がしみじみとした味わいを与えてくれる。「!」では決してない、語り口の湿り気を伝えていて素晴らしい。うたうのか… 織田裕二が… 世界211か国に… ああ‥ 歌い上げた後の、外国人たちの「誰だコイツは?」というぽかんとした顔を観るのが楽しみでしょうがない。

記事はこうしめられている。

『詳細はこれからだが、大会自体の各場面で使用される可能性も大いにあるだけに、織田の歌声も各国に届くことは確実。世界を舞台としたフィールドで、織田も世界に羽ばたくことになりそうだ。』

「織田の歌声も各国に響くことは確実」という、世界に響くことを危惧している感じにとれるところはグッド。最後の「織田も世界に羽ばたくことになりそうだ」という期待をあおる一文の、根本的なみんなの疑問を無視して押し切った感じは大好きだ。たぶん今、その疑問は言わない約束になっているんだろうな。

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「どうして、世界陸上で羽ばたくの?」

text by 副編

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2007年7月27日 (金)

「お前が言うな!」名言クイズ

近頃、失言ブームだが、失言とは「何を言うか」より「誰が言うか」が問題だったりする。風俗店が「美しい国」というスローガンをかかげるのと、資生堂が「美しい国」とかかげるのは雲泥の差だ。近頃のものも含めて、お前に言われたくない発言を集めてみた。ぜひ、誰が言ったか当ててみてほしい。そして、他の人が言ったら、と想像して欲しい。試験に出るかも。

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次のなかから、発言もとを選びなさい。

●問1

「中国から入ってくる薬はわれわれの
 体質に合わず、偽物が多くて困っている」

1.日本 赤十字会
2.日本医師会
3.北朝鮮 赤十字会

※ヒント
お前が言うな。

●問2

(赤城農水相の領収書 非公表に対して)

「いい加減にしていただきたいですね。
 うんざりでございます」

1.安倍総理
2.木村太郎
3.杉村太蔵

※ヒント
お前が言うとムカつく。

●問3

「彼からさらっと出てくる『ありがとう』の言葉にいつも感動する。
 夕食後、何気なくお茶をついだだけでも『ありがとう』。
 本人は無意識で言っているのだろうが、私は思わず
 ハッとさせられる。どんなに親しい仲でも、
 やってもらうことを当たり前に思わない。ちゃんとお礼を言う。
 私はそんなふうにしてきただろうか。
 彼の姿を見ていて、私もそうありたいと思った。」

1.リア・ディゾン
2.倖田來未
3.ジャガー横田

※ヒント
お前が言うな。

●問4

「(消費者が)安いものばかり
 追い求めるのはどうかって思う。
 スーパーが半額セールやるのは
 (生産者を)ばかにしている。
 消費者も販売店もよくないんだ」

1.爆笑問題の太田
2.報道ステーションの古館
3.ミート社の田中社長

※ヒント
お前が言うな。

●問5

「カンヌに出してることも知らなかったので、
 完全に日本人向けです。」

1.香取真吾
2.木村拓哉
3.松本人志

※ヒント
上映後にお前が言うな。

●問6

(原爆投下について)
「今しょうがないなと思っている。」

1.ブッシュ大統領
2.盧武鉉大統領
3.久間防衛大臣

※ヒント
戦後最大のお前が言うな。

●問7

(W杯のジダンの頭突きを観て)
「子どもならあることだよね。21歳ぐらいとか…。
 ただ、彼はそういう歳じゃないだろう。
 イタリアでプレイしたことがあるんだから、
 むこうではことがどう運ぶかなんて良く知ってるだろうに」

1.アンリ
2.マテラッツィ
3.マラドーナ

※ヒント
一番やんちゃだと思う人は。

●問8

(買収防衛策に対して記者会見)
「われわれは、 短期売り抜けの
 グリーンメーラーでは決してなく……」

1.村上世彰(被告人)
2.佐野順一郎(ダルトン)
3.ウォレン・リヒテンシュタイン(スティール)

※ヒント
一番太ってる人。

●問9

(朝ズバにて)
みのもんたに「街にはいい温泉がありますか」と
問われて「ニセ温泉があります」 と即答

1.苫小牧 桜井市長
2.貝塚市 吉道市長
3.太田市 清水市長

※ヒント
群馬県の市役所に抗議殺到。

●問10

「このチームでは、ワールドカップの本選は戦えない」

1.オシム監督
2.川淵キャプテン
3.中田英寿選手

※ヒント
いつでも「I」が主語、「WE」はない。

●おまけ問題

(サッカーで日本がピンチになった時の解説)

「あぶなーい!あぶなーーーい!こっちだこっちだ!」

1.風間八宏
2.北澤豪
3.松木安太郎

※ヒント
愛すべき日本三大あほ解説のひとり。
(他は金田正一、松岡修造)
全存在が安い男。

text by 副編

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2007年6月28日 (木)

「大日本人」の批評の批評のそのまた批評

なんだか松本人志ブームである。
賛否両論のされ方とか、マスコミの持上げ方とか、
軽い言い方だけどブームって感じだ。
心酔している信者は映画を迷わず賞賛し、
表立ってブームにならない感じが好きだった
ファンにはなんだかやるせない視線がある。

お笑い好きが映画を批評し、
映画好きが笑いを語る奇妙な状況。
その批評はおかしいという批評まで
されて批評されちゃう事態だ。
さらには、カンヌで絶賛とか騒がれる
どんな批評もかきけされる状況で
何がまっとうな情報か判別できない。
今のところ、試されているのは
映画ではなく「松本人志」観だけである。

そういう混乱をさけるために
たけしは「北野武」と「ビートたけし」を
使いわけしていると思うのだが、
そういう賢さがなかったように思う。
ちゃんと批評されたかったとしたら
必要な自浄機能だと思う。

ややこしいので真価を問うのは、
二作目からにしとこう。
映画への「志」の中身は作品を重ねると
浮き彫りになって見えてくるはず。

たけしへの対抗心とか、既存作品への批評とか、
日本の笑いを世界に!とか、
そういう低い次元の動機ではなく、
自分が描きたいものの根本が
雑音が消えた後、にじみ出てくるだろう。

とりあえずは、この松本ブームって言う
批評が批評を呼ぶスパイラル的状況がおもしろい。
ブームとか権威とかを笑ってきた人が、
今度は自分が批評される舞台に上がったんである。
褒められすぎても、くすぐったいだろう。
でも、けなされることは、けなしてきただけに
想像以上に怖いはずだ。

このブームの最たるものが、先月号の
ブルータス松本人志特集「大松本論」

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なんか恥ずかしい表紙‥‥
自分でシャッター押しちゃって‥‥
ナルシズムを消しきれていないのは
らしくない。ブルータスのいやがらせか?

で、中身のほうだが、
芸能人や著名人から松本人志への一人一質問の
コーナーがおもしろかった。

まあ、普通の質問はこんなだ。

「こどもの頃から自信たっぷりでしたか」
「1日だけなれるとしたら、何になれますか」
「コントライブはもうやろうとは思いませんか」
「好きな落語家は誰ですか」
「日本人のいいところはどこでしょうか」

しかし、亀田興毅の質問。

「坊主は頭が臭くなりませんか」

数ある「天才 松本人志への質問」という
期待と興味のまなざしで吟味した言葉とは違う。
近所の子のような、すばらしく素朴な質問だ。
亀田の中の少年的純粋性をはじめて垣間見た。


追記

木村祐一ら吉本の芸人100組が短編映画の監督に挑戦。
というニュース。
芸人のゴールが監督というのは笑えない冗談。
ダバディの成り上がりを想起させる吉本の勘違いぶり。
一方、浜ちゃんはAVの監督でカンヌを狙うという噂。
それは、面白い。

text by 副編

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2007年6月16日 (土)

ミス・ユニバースの外国人接待感

ミス札幌、ミス流氷、ミス毛布、ミス豚など
名立たるミスをねじ伏せる知名度のミス・ユニバース。
問答無用の貫禄で言葉の意味はわからんが
とにかくもの凄い自信を感じさせる。

あの森さんが、
スタイルだけで選ばれたのかとか、
ちょっとゴツすぎじゃねえかとか、
かわいいいのかアレ?とか、
整形かもなとか、
日本のスポンサーの力が働いたのか、
俺だったらヤだなとか、
あえて問わず、ここでは問題にしない。

問いたいのは、
ミスジャパンが、ミスユニバースの
世界の価値観を意識した
予選的扱いだと言うこと。

奥ゆかしさとか家庭的だとか
桜が似合うとか、日本人的美意識で
選ばれてこそ、ミスジャパン。
ミス・ユニバース日本予選になっている。
気のせいか。

カンヌで賞をとった映画やCMが必ず
日本で面白いわけじゃないのと似ている。

ミスジャパンに応募しようと思う性格の
私ってキレイという思い込みが強い女性よりは、
ミス毛布くらいの野心の少ない女性のほうが
きれいだと思う。

そして、
ミスユニバースに選ばれたからと言って、
ミス毛布になれるとは限らない。

ミス・ユニバースで選ばれたのは世界の美で、
日本の美ではない気がする。

TSUBAKIのCMに出そうな気がして不安だ。
日本の女性は美しい。に含まれるいい切る自信とか、
なんか文句ある?っていう態度が
ミスコンの存在と合致するから。
趣味悪いから、やめといたほうがいい。

カズだって言ってるだろう。
「世界、世界って…日本だって、世界じゃねえか!」
まだ外国人になりたい日本人がいるのか。

Im20070529nn000y68629052007

もう日本人じゃないだろう。この人は。

Kurarachibana

この人は去年2位。
日本の美をはき違えている外国人に
効果的なアピール。
ひと目で世界大会のレベルが伺い知れる。
その意気は買うが、
国内では「くの一忍法帳」レベル。
Vシネに出たいのか。

外国を喜ばせる美ならいらん。
編集長の嫁のほうがよっぽどいいんじゃないか。
大げさか。

text by 副編


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2007年3月 1日 (木)

コムロ時代の亡霊「TRF」の復活

Trf

どうしていまさらTRF。なぜこんなに深夜番組でサムや例の呪術士のようなドレッドを頻繁に見るのか不思議だった。「15周年」に理由を見つけることもできるが、10周年でも良かったわけで、それがどうしたという感じだった。TRFはコムロ時代とともに去ったのではなかったのか。ボーイミーツガールなんて、今想えば赤面もののダンスミュージックが再燃する理由はどこにあるのか。

答えは、意外な人物が教えてくれた。
深夜のパチンコ番組に出演する、
すっかり大人の「内山くん」だった。

「面白いすねぇ、CR『TRF』」

そう、もうご存じの方も多いと思うが、パチンコやらない人は意外と知らない事実。CR「TRF」の登場だ‥‥。すべての謎は解けた。金がらみだ。

Machine

こうなっちゃおしまいですよ、あんたら。


★紹介文は最高にイカス。
--------------------------------------------------
日本の音楽シーンをリードし続けるスーパーユニット「TRF」とのタイアップ機が発表されました。コンセプトはズバリ「ダンスミュージックパチンコ」。TRFの特徴でもある「音」と「光」を見事なまでにパチンコ機に融合した、音楽パチンコ機です。
--------------------------------------------------

『日本の音楽シーンを
 リードし続けるスーパーユニット』

『ダンスミュージックパチンコ』

笑いどころは色々あるが、ラストが最高だ。

『TRFの特徴でもある「音」と「光」を
 見事なまでにパチンコ機に融合した、
 音楽パチンコ機です』

「音楽パチンコ機」というフレーズのダサさも見逃せないが、 ファンなら、こう怒るべきだろう。


「見事なまでにパチンコ機に融合するな!」


TRFと青春をともにしてきた大人たちが、ちょうど今、パチンコのターゲットに成長していることは分かるんだけど、どうなんだろうなぁ。ついにパチンコ化!って喜ぶべき成長なのか。

大衆がコムロの手の平の上で遊ばされていた時代の象徴的ユニットTRFは、ある意味パチンコ化というある種の到達点を見つけることで、音楽シーンをリードし続けている、と言えなくもない。だが、TRFが初恋や初デートの思い出の曲だった人もいるはずだ。俺はあの頃、高校生だった。TRFと青春を過ごしてきた人にとって、パチ屋のタバコの煙に包まれながら曲を聞くなんて、想像もしなかった悪夢だろう。本場のダンスミュージックを目指してきた人間が、ビジネスに組み込まれていく様を見せつけられているようだ。

Pet1

エイベックスも酷なリサイクルをする。
青春の夢は、夢のままにしておいてくれないか。
早く成仏してくれ、TRF。

text by 副編


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2007年2月22日 (木)

亀田兄弟、札幌へ!イトコもくるで!!

Kameda

恐怖の亀田三兄弟が札幌にやってきた。コメントはピリッと辛みが効いていて、頭の形はピーナッツみたいな亀田の柿の種一家が、いよいよ明日、興行を打つ。今回戦うのは、ダイキ。極端に額の狭いほうの亀田だ。あれ、T-BORANの姿が見当たらない。今回は別便か?

相手は32戦無敗の32歳、年の数だけ勝ち続けているWBAライトフライ級4位ビッキー・タフミル(インドネシア)。タフミルと聞いて思い出すのは、政府が備蓄してるインフルエンザ治療薬タミフル。ボクシング界のウイルスを沈静化できるのかが見どころだ。世界フライ級3位の坂田という人がスパーをしたらしいが「世界ランカーのオーラは感じなかった」らしい。またしても、かませ犬の可能性大。


Photo_11

会場は、流石に札幌ドームはおさえられなかった。北海道のスポーツ&ダジャレの聖地「きたえーる」で開催だ。ふろくイベントとして「亀田こうきの夕張チャリティーサイン会」。その熱意はありがたいが、金とってサイン会するのか?その他、前座として、TBSが見つけてきた次世代のおみこし「前川四兄弟」の前川廉君(小学3年生)と亀田兄弟のいとこ亀田京之介君(小学2年生)の特別スパーも予定。充実の芝居…おっと、試合になりそうだ。

なんでもオヤジは年内にはダイキにベルトをとらせて、兄弟で統一戦をしたいんだと。どうせグラップラー刃牙みたいに「地上最強の兄弟喧嘩」みたいなコピーでも立てるんだろう。結局、強くなるのは、協栄とTBSの野望ばかりだ。梶原一騎先生が御存命なら格闘技をショーにしたやつらは、病院送りにされていることだろう。

さあ、すべては明日だ。今年も「マスコミがヒーローを作れるのか」という挑戦の始まりである。

Photo_12

あと 週刊ゴングの前田893社長の逮捕。
プロレス界にジャーナリストがいない証拠か。
週ゴンか週プロかで迷う、幸せな日々は終わった。

text by 副編


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2007年2月20日 (火)

好感度狙いの不快感CM「ジョージア」

Tumannai

「中性脂肪に告ぐ」とか「○○に効果あり?」的な薬事法すれすれを行くお茶業界や、酒なのにカロリー計算に必死になるビール業界など、健康ブームにもほどがある飲みもの業界。その中でも唯一、健康度外視の大人の飲み物がある。缶コーヒーだ。

1日3本くらい飲んでるとおっさんは糖尿の甘〜い気配を小便から感じてる。それでも、なぜか大人社会ではあらゆる会社でコーヒーが出され、毎朝のように自販機で買い、それにも飽き足らずスタバとかが流行ったりして、つくづく大人はコーヒーが大好きだ。子どもの頃はそれがとても不思議だった。内臓脂肪のついてきた今、ちょっと深刻にそのことを考えてみてる。

で、いまや「缶コーヒー」=「働く男のアイテム」になってるわけだが、その大人のナルシズムを作り上げてきたのがジョージアだと思う。ちょっと豪華なキャスティングをして、働く男を演じさせれば、あら不思議!ジョージアCM一丁あがりだ。良く言えば「お家芸」であり、悪く言えば「バカの一つ覚え」。そのバカが極まったのが、今回のキムタク&渡の件。

Jojia

新しさゼロなのは致命的。

Yahoo!ニュースが「圧倒的存在感を持つ木村拓哉が抑え目に感じるほど、弾けた演技を見せる渡哲也のインパクトが強烈に光る。」というバカに気合いの入ったちょうちん記事を書いてる。通訳すると、キャラクターのギャップがおもしろいね、ってことなんだが、それだけでやってけるのはCMだから許容されるユルさだ。そろそろ高感度狙いのゴマスリCMに飽きてもいいんじゃないかと思う。

渡&キムタクでお茶の間大喜び!って、その発想はバブルである。それって王道ってことなのか。なんとかしてくれよ大門。

Watari

映画ファンとかは、ビッグキャストの出てるくだらん映画を厳しく評価するのに、ことCMとなるととたんに優しい目になるから、これまた不思議だ。石原軍団も「愛のエプロン」出てる場合じゃない。最近の露出が「マグロ」じゃあ駄目だ。そろそろ第3の祐次郎でも募集したらどうか。

Geino_06
あと、この前始まった「爆笑レッドカーペット」。エンタへの当てつけみたいな間延びのないおもしろさ。矢口が「(この番組)革命的ですよ」と言っていた。天性の世渡り上手。

text by 副編


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2007年2月16日 (金)

いつもたのしいベッカムニュース

3

アメリカにサッカーを普及させるために移籍を決意したベッカムだが、なんだかおかしなことになってきているので、ニュースを時系列に並べてみた。まぬけ全開記事満載である。毎回楽しみにしている。「キックオフ!」というよりは「ショータイム!」 って感じだ。 サッカー普及という意味合いのSHINJOみたい。基本的にこの人はアメリカ人なんだろうと思う。

1 ベッカム王子ハリウッドデビュー!

米ディズニーの広告で白馬に乗ったベッカムが王子に扮(ふん)し、ポスター撮影。もう中年にさしかかってるとは思えんな。アメリカ版バカ殿状態。アメリカに何しに行ったのか。

2 ベッカムがアメリカにやって来る!

スペインの銀河系の次は、アメリカの銀河系。ギャラクシーに入団決定。NYでは早くも蝋人形展示。ある記事は「“見せ物”気分が高まっている」と文をシメている。見せ物っちゃあ、見せ物だ。

3 俳優ベッカムに「ダメ出し」

俳優デビューの声が高まる中、ベネチア国際映画祭女優賞ヘレン・ミレンはベッカムの声が甲高すぎて演技に向かないと酷評。「セリフのない役ならいいでしょう」一刀両断。じゃあ、哀川翔の立場は‥

4 ベッカムのボディーガード、米ビザ審査に落ちた

記事内の「ベッカムのショックは計り知れない。」がバカっぽい。1人日給約16万円で雇っている英陸軍特殊空挺部隊「SAS」のボディーガードも、ベッカム家では家族なのだ。

5 GyaO、映画「ベッカムに恋して」本編を無料配信

イギリス在中のインド人少女が、ベッカムに憧れて街の青年たちとサッカー遊びをしていると金持ちの美少女が現れていいました。「あんたスジいいわね。女性チームに入って一緒にアメリカ留学目指さない?」。で、目指すから面白い。

5 マイケル・ジャクソンが「ネバーランド買わない?」

新居を探しているビクトリア夫人に、マイケル・ジャクソンから自宅の「ネバーランド」売却の打診。約24億円だそうで。このエピソードでマイケルのベッカム観がわかる。 ちなみに通勤に車で3時間。

6 ベッカム復帰弾!レアル救ったFK弾

もはや、遅すぎ。復帰弾って、移籍すんだろ。カペッロが「やる気がないと思ってた」とか言ってたが、じゃあ使うなよ。持論だが、会社員でももうすぐやめそうな人はいい仕事をする。

7 サッカー=LAギャラクシー入団テスト、ベッカム効果で注目

移籍先のトライアウトに800人。アメリカ人の単純さを疑う余地はもうない。アイドルオーディション気分でサッカーやられちゃたまらんな。憧れるところを間違っている。正す気もないだろう。

8 ジェニファー・ロペス、ベッカム夫妻と仲良しに

ゴールデングローブ賞でジェニファーが着たドレスは、ヴィクトリア夫人の意見を聞きながら二人で決めたそうで、それはよかったね。他愛のない話がニュースになることが、セレブの証。

2_1

アメリカのベッカムはたのしい。

text by 副編


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2007年2月13日 (火)

人生のすべり台番組「エンタの神様」

いま最も勢いのある人が出ると言われているナウな笑いの殿堂「エンタの神様」。毎週、多少のマンネリはありながらも、芸人を使い回す自転車操業的な番組感覚はハラハラどきどきの連続だ。芸人たちが人気という階段をかけ昇り、番組の頂点に立ったら、あとはどれだけ惰性で生きて行けるかが勝負のすべり台番組、スリル満点!

Suberidai

この番組で、桜塚やっくんを見ていると「今を生きる」という言葉が頭に浮かんでくる。絵を描いて客いじりする前説みたいな芸は、エンタの外では通用しない。それを自身でも分かっていながらやり続けずにはいられない「もうサイは振られたんだよ」的なやりきれない哀愁は、人生の深みすら感じさせる。いまのうちに稼げるだけ稼げ、昇れるだけ昇れ。冬の時代は、すぐそこだ。「笑い」に対する姿勢とか素人から問われちゃったりする時代だから。

Sakuraduka

キャーキャーしてる女の子たちの声援は残酷だ。その人気の頂点が終わったら、手の平をかえすはず。エンタはそこらへんのスパンが早い。そうだよね、ギター侍。だからリアルな話、どれだけ人気が出ても桜塚やっくんは住宅ローンとか組めないだろう。長期固定金利なんて無理。フラット35なんてもってのほかだ。

やっくんが本当に落ちぶれて、コンビニでバイトしているところを発見したとして、その姿までを指さして笑うことが、世間にとっての「エンタ」になっているような気がする。「キャー」から「そんな奴いたよねー」のスピードはかつてない高速だ。エンタって、恐いなあ。

Yakkun_1

それにくらべて、このやっくん。
人気の落下点が絶妙。
テレビには、こんな楽な生き方もある。

text by 副編

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2007年2月10日 (土)

原材料は極道か。アサヒ「極旨」

極旨の「極」は、極道の「極」である。Vシネ一世風靡の哀川翔の解禁だ。

Aikawasho

出演作に新たな伝説が加わった。「ネオチンピラ 鉄砲玉ぴゅ〜」「とられてたまるか!「修羅がゆく」「修羅のみち」「チンピラ仁義」「組織暴力」「ブルースの掟」「錬金の帝王」「玄海血風録」「デコトラの鷲」「借王(シャッキング)」そして満を持しての「極旨」だ。極道を意識するなという方が無理だろう。

翔は言う「うちは家族じゃないんだ。族だから」。家訓は、約束やぶれば鉄拳制裁、嘘をついたら半殺し。そこに、極旨飲んだらほめ殺しが加えられたことだろう。

発泡酒とか第3のビールとかは、その味の浅はかさを忠実に再現したCMを打っている。自分でサン付け男 ぐっさんのノリノリ感が安っぽい軽さを感じさせる「のどごし生」、所ジョージのちゃらんぽらん感が味の軽さとマッチする「ジョッキ生」、小西真奈美の女優オーラのない軽いキャラが味を表現する「ぐびなま」。皆、第3のビールの安っぽさ、軽さを受け止めるだけのキャスティングだったのに、そこに対抗馬として哀川翔。どんだけ軽いふりをしても重い。Vシネ組の若頭に何やらすんだ。なめんじゃねえぞ。

Sho

アサヒのHPに理想の父親像だから的な起用理由があったが、そんな器ではない。VシネからCMへの門を開いたカギは、声だ。Mr.ヘリウムガスの異名をとるポロリ(にこにこぷん)のような喉をこすり切った声は、Vシネの演技の重さを無効化する天性の軽さを含んでいるが、ここにきてその安っぽさが火を吹いている。Vシネ帝王 竹内力がどれだけ陽気にふるまっても、第3のビールのCM依頼はこないだろう。出るとしたら生の極道で、極生か。

この哀川ヘリウム翔の本領発揮はうれしいことだが、調子に乗り過ぎてイラっとくるのが、「ごくうま〜!」。どチンピラに、オレがうまいって言ったらうまいんだよ、とつめよられる感じは不快この上ない。さらにCM内にかり出された勝俣が自慢の手下感を発揮して必死にはしゃいでいるが、上司に無理矢理あわせているようで見ていてつらい。

Katsumata

どんなに明るく味つけされても、全体的に「オレの酒が飲めねえのか」という威圧が底流に流れている。

あと、同CMに最近登場のRIKACO。「女性はさぁ…」「子どもたちはさぁ…」と女を代表したようで中身のない人格は、第3のビールにぴったり。チンピラ哀川翔、子分 勝俣、アネゴぶるRIKACO。どんなに明るく楽しそうに誘われても、このグループに囲まれて酒を飲むのは嫌だ。しかも第3ビールばっかだし。

Rikaco

翔さん、かんべんしてくださいよ。

text by 副編


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2007年2月 8日 (木)

めざせ派遣!のマヌケ感「ハケンの品格」

簡単に言うと、こんな本みたいなドラマだ。

Nayami

皆さん、時給3,000円で定時に帰るエリートハケンを目指してがんばりましょう。ニートやフリーターより安心感があり、社員より自由ですよ。不景気でもノープロブレム。これからはハケンの時代です。社会に不安を持っている皆さん、さあ、共感しなさい!

って、生々しすぎるだろう。
派遣社員、会社でチャカされてるぞ、可哀相に。

社会派ドラマって言うのか、こーゆーの。そもそも「ハケンよ品格を持て!」という主題が、民主主義の臭みが強くて吐き気がします。なんか大衆の感想を一つの方向に操作するようなドラマって気持ち悪いぞ。社会不安を描き出すというよりは、つけこむ感じが強い。

「放送時間帯は20代後半から30代前半の女性がメインターゲットとなっています。中でも派遣社員が次回のドラマのテーマにふさわしいと思われます。社会情勢をみましてもハケンが……」なんてマーケティング資料をそのまま提出された感じだ。「明日があるさ」とか「ショムニ」くらいまでデフォルメしてくれ。ドラマに夢がなさすぎる。「派遣の品格」タイトルが漢字だったらドキュメントだ。

Hakehin_1

こんなにあからさまに共感の押し売りをされて「あら、私のことだわ」と観てしまう女性がいるんだろうか。ハケンってのは職業じゃない、雇用形態だ。ってことは「フレックスの品格」とか「夜勤の品格」とかもアリなのだ。プライドを持つべきは雇用のあり方じゃなく、ふつうは自分のやってる仕事に持つもんだろう。このドラマ、派遣社員をこばかにしているような気がするんだが。

この社会派の流れが当たれば「教師の品格」的な企画も用意されているだろう。「やんな」って言っても、やるんだろう。じゃあ、個人的には反町GTOリターンズを求む。だって、こんな世の中はポイズンだから。

Yasuken

あと、ヤスケン、がんばりすぎ。
このドラマの重さの原因のひとつ。
演技というよりリアルすぎて
再現VTRみたいに見える。
芝居に野心が漂いすぎかも。

text by 副編

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2007年2月 7日 (水)

自意識の洪水!キムタクケータイCM

「笑ってるんじゃねえよ!」

Kimutaku1

ケータイに向かって話す声に苛立ちが混じる。男の顔を水滴が叩く。それは雨ではない。シャワーだ。服を着たまま浴びている。インサートされた情報で、防水ケータイのCMだと分かる。だが、なぜ服を着てるのか。なぜシャワーを止めないのか。こいつはバカなのか。いや、違う。まったく、それがキムタクなのだ。

Kimutaku2

バルセロナが「魅せるサッカー」で負けても「それが、バルサだ」と胸をはるように、キムタクは誇りをもって、カッコつける。「男はこうあってほしい」と女が望む理想の形を、女以上に追い求めてきた求道者だ。バカだと言われようと、それが、キムタクだ。批判しようとすると禅問答。男にとってなんだか困った求道者でなんある。

アンチは、モノマネ芸人「ホリ」と「ワキガ説」と「嫁が工藤静香」を武器にキムタクの自意識と必死に闘っているが、勝てないだろう。何を言っても「それが、キムタクだ」。この気恥ずかしいCMを認めるしかないのか。大衆はキムタクの美学に降伏するしかないのか。キムタクを観るたび文化の退行みたいなものを感じるのは俺だけなのか。

弱点は「海外」と「映画」だと思う。海外進出映画は実は数分だけの出演だったり、意気揚々と向かったカンヌで柳楽優弥に話題をさらわれたりと、見事なピエロぶりを披露してくれた。井の中のキムタクは、大海に没した。あのカンヌは残酷ですらあった。意外と噛ませ犬の才能があるね。

あと最近で言えば、武士の一分。キムタクを映画館で観るという違和感を味わえる。ドラマに出まくるがゆえに、映画的スケールはしぼむ。

Photo_8

良くも悪くも月9レベル。

text by 副編


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2007年2月 5日 (月)

正統派ナゾの宗教団体「Power For Living」

Photo_6

俺はキリスト教徒でもなんでもないが、このナゾの宗教団体の、金にものを言わせてるやり方は嫌いじゃない。コソコソせずに大量投下。ようやく正攻法で来たな!って感じで、こっちも身構える準備もできようもんだ。水面下で動いて気づいたら家族が……という事態にもならんだろう。みんなでバカにできるし、みんなで気味悪がれる。変な言い方かも知れないが、やり方の汚さが宗教らしくてフェアだと思う。まっとうにキモい。

きっと、こんな批判事体も予測の上で見越してつくられた、大胆なCMだと思っている。ニッポン人の批判性に真っ向から金でぶつかってきた初の怪しい宗教団体だ。ピンポン鳴らして姿を隠し、ドアを開けると「あなたのために祈らせてください」と不意打ちをかます奴らよりよっぽどいい。敬意を表したい。そして、全力で拒否するつもりだ。

なんたって、最近は月に一回はキリシタンのどっきり訪問に騙されて聖書話を聞いているから、この件はちょっと詳しい。エホバのバアサンに言わせると「広告のやり方が福音的じゃない」とかで、カトリックのおっさんは「同じキリスト教と言われて困るね」とか言ってた。いっしょにして欲しくないらしい。

そして誰もが一番嫌がってたのが、ヒルマンのCM。

もうあの団体が、宗教でもマルチでも通販でもなんでもいいんだが、ヒルマンのニッポンを理解していない感覚だけは、なんというか呆れた。日本でこれ言ったらどうなるかわからんのか。一番言いたいのは、神に感謝するな、ファンに感謝しろ、である。感謝してなかったわけではないだろうが、タイミングが悪すぎる。今なら、優勝は神のおかげってオチになる。いろんな宗教あるんだし、いろんな神がいるんだし、大人なんだし、我慢しろ。

Photo_7

空気読めよ、ヒルマン……

text by 副編


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2007年1月31日 (水)

エロを忘れた倖田來未ケータイCM

「エロかわいい」かも知れないが「かわいいエロ」ではない倖田來未。世間(主にTVキャスター)は彼女の行動(プロモーション活動)のすべてに、カッコエロをつけて観ていたと思う。「今日の(エロ)服装は素敵ですね」「とても激しい(エロ)ダンスでしたね」「凄く作り込まれた(エロ)PVで‥」てな具合に。どうみてもエロなんだが、世間的に白黒はっきりつけずに今日まできたから、NHKにも出れたのだと思う。だから今「倖田來未に似てるね」という言葉の微妙さがとても面白い。

そんな日本が誇る魅惑のビッチに(エロ)がつかない事態に遭遇した。なんてこった。

昼間に会うと、がっかりするような女がいる。雰囲気の良いバーの、薄暗い灯の下で話した水商売の女と、太陽の下で会うべきじゃない。「白日のもとにさらけ出す」という言葉の深みを思い知るからだ。

今回の案件はそんな状況に似ている。
東芝の「ええなぁ、コレ」のCM。

Koda2

これ、ご覧になっただろうか。どこにでもいそうな化粧の濃いギャル女があらわれて、カメラ目線で「めっちゃええやん」「押しやすい」「ええなぁ、これ」と誉めまくる。しかも「ハイテンション篇」だと。完全にフィルタ−がはずれた状態で現れるとは思わなんだ。(エロ)がとれたら、かっこよくもなんともなく、とんでもないもんが残ったのだ。


歌わない、ダンスもしない、エロくもない、かっこよくもない。それで良くCMに出たもんだ。ファンの「かわいい!」を受けとめての路線変更なんだろうか。だとしたら、イバラの道だ。思い出せ、もともとそっちに行けないから、エロで売ってたんじゃないのか。元祖「エロかっこいい」のお銀(水戸黄門)に学べ。エロにも円熟という未来はある。

text by 副編

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2006年1月 2日 (月)

福澤と正月とナインティナイン

 福澤朗をテレビで見るたび悲しくなるのはなぜだろう。新生3のCMを見るたびせつなくなる。野球中継でヒットを打ったランナーが二塁をとばして一塁から三塁へ滑り込み、福澤が「いきなり三塁だ!」とアナウンスする、あのいきおいだけのCM。空元気に見えるのは気のせいか。若いままの役回りでやっていけるもんじゃない、という言葉をひしひしと感じる。帰省するたび、故郷の友だちがつまらなくなっていくのを実感するが、それと似ている。「エンタの神様」での大人目線の苦笑もそうだ。それが大人になったということなんだろうか。

 沈痛なおももちでニュースを読んだり、フリー宣言で大人じみた(立派な大人ですね)語りを披露したあとに、「ジャストミート!」時代の若い勢いを取り戻そうとしても、無理な話なのかもしれない。あれは、そういった意味で福澤にとって酷な仕事であるなあと思う。はじけるたびに昭和色に染まる福澤。過ぎた時間はもどってはこないのだ。あの3のついたメガネから、どんな景色がみえるのだろう。

 と、まあ福澤朗のことを考えながら、年を越した。故郷函館に帰省してるが、ずいぶん寂れたな。よく田舎の歴史ある映画館や銭湯や食堂や酒場で、古いポスターを見て「時がとまってる」なんて想ったりするが、函館は時の流れがとても残酷に爪痕を残している感じ。老舗が店をたたみ、去年できた店が今年もうなくなっていたりする。その店の前で「函館終わってるわ」とため息を漏らす人もいた。活気がないのは知っていたが、なんだか「老い」というものを街から感じるのである。足腰弱ってる感じ。

 年越しテレビは、ナインティナインを見た。火の玉を受け止めたいという企画。くだらなさに一本筋が通っていた。あいかわらず元気である。いい意味で高校の頃みてた時から同じような勢い。年末年始はしみじみしてる場合じゃない、いつまでも火の玉を受け止めようとする大人でありたいと思った。あくまでもニュアンスとして。

text by 福編

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2005年12月25日 (日)

ひろし論

「ひろし」と言う名前には、人を惹きつける引力がある。日本中に散らばる「ひろし」という「ひろし」は、私の中で特別な意味を持っている。その呼称の平凡さが、ボンクラ感を醸しているからだろうか。「ひろしでいいや」という名付け時のあきらめを読み取るからだろうか。芸人の「ヒロシ」なんて、ポッと出の「ひろし」などの話ではない。ひろしの持つ、奥深くマの抜けた魅力がなんとか伝わればと思う。何も年の瀬にこんな話をしなくても、という感じなんだが、好きなことを自由に書いて更新をはじめるきっかけにしたい。

まず、「ひろし顔」というものが存在する、と思う。例えば、名波浩(ジュビロ)の特徴のない地味目の顔はまさしく「ひろしたるべくしてひろし」という感。また、ちびまるこちゃんと、クレヨンしんちゃんのお父さんが同じく、さくらひろし、野原ひろしとしているところもポイントが高い。何のポイントだ。とにかく、凡ようの象徴としての「ひろし顔」というものは、無意識のどこかに確かに存在している。ぜひ、同意を得たい。布施博の当たりさわりのない中身の薄そうな凡な笑顔を見ると、「ひろし」という、顏つきを決定づけるDNAがあるのかとさえ思えるほどだ。

次に、正統派ひろしを挙げる。関口宏、 久米宏、木佐貫洋、荒川博、三上博史、奥寺浩(イソップ)などなど、名だたる「まっとうな、ひろし」がいるが、皆、下の名前で呼ぶような人ではない。関口さんとか、久米さんとか、苗字の方に呼称の比重は傾く。「ひろし」の持つマヌケ性を活かし切っていない、ひろしの持ちぐされ達である。活かす必要がないのかもしれないが。

そんなのといっしょにすんじゃねえ!とばかりに怒り出す極悪ひろしもいる。その代表格が、加藤浩志(ビーバップハイスクール)だ。ビーバップ世代の放つ「おい、ヒロシ!」という言葉は、言ってる本人がちょっとなりきって言うほどの、不良性を帯びたものだった。ビーバップがなければ、あんなひろし像はうまれなかったに違いない。戸塚宏(戸塚ヨットスクール校長)がその流れをくんでいるようだが、このジャンル最強のヒロシは、本宮ひろ志(漫画家)であろう。

生島ヒロシ、黒鉄ヒロシ等のカタカナも独特の尾を引く生臭さが残るが、ひろしの持つヌケた感じを最大限に発揮しているのが、平仮名の「ひろし」だろう。まず、代表的な五木ひろしがいる。そして館ひろし、タチにあやかって登場した猫ひろし。かまやつひろしも、そういやひろしだ。ちょっと深く入ると、ガモウひろし(漫画家)やあしたひろし(漫才師)もいる。そしてなんといっても「ド根性ガエルのひろし」だろう。「ビーバップ加藤」とはまた違う意味での「おい、ひろし!」の存在を気づかせてくれる。平仮名で一気に脱力ひろし系。前出の人々も「ひろし仲間」というひとくくりで見ると、もはや逃れられぬマヌケに陥る。

親がどんな思いで名付けたか知らないが、これほど願いが届かない名前も見当たらない。同じヒロシでも、久米宏のようにスノッブでうさん臭いナイスミドルもいれば、本宮ひろ志のように「これが男じゃ!」と心にバンカラを羽織り生きる漢(おとこ)もいる。「三上博史のように育ってほしいと思って‥」とかいう理由で「ひろし」と名付けたら、 藤岡弘や権藤博、井手博士(らっきょの本名)、円広志、輪島大士、はたまた柳生博のような男になってしまうのだ。名付けで「ひろし」は、生来最初のかなりのバクチである。

最後に、そんなひろしワールドを余すところなく体現している男を紹介したい。彼は過去に「とんねるずのオールナイトニッポン」でネタになっていたほどの、ひろしオブひろしだ。その名も

芝草宇宙(元日ハム)

宇宙と書いてひろしと読む、壮大でありながら庶民的というカタルシス。もうわけがわからない。まさしく宇宙というほかない。人は何故ひろしと名付けるのか、ひろしは何故これほど跋扈しているのか。そこに理由はなく、色即是空の理をあらわす。ひろし。そこに無限の深遠があるのかもしれない。ないのかもしれないが。

text by 副編

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2005年7月21日 (木)

農協青年が全国CDデビュー

mys
現役農協職員が、3月23日に全国CDデビューしていた。鹿追町在住の上村洋介(25)と白岩元記(25)、下の名前の頭文字を合わせて、その名も「My’s(マイズ)」。微笑ましいまでの直球ネーミングだ。洋介くんは牧場(JA)勤務のため、土日しか音楽活動ができない。元記くんは、地元の居酒屋で勤務しながら曲作りに励んでいる。北海道発のスローライフミュージック、とか呼ばれるが、実際にスローライフなのは洋介くんだけ。居酒屋で働いてメシ食うって大変だよ。

プロデュースする相徳昌利さん(49)とは「彼らの生活感にものすごくあこがれる。田舎の青年がごく自然に音楽をやっているように感じられた」と評した。ん?ばかにしてるのか。あこがれてんなら、やってみろ。

田舎の青年がふつうに音楽をやっている、それだけで魅力あんのか。ばがにすんでね。農協の青年がギターを引く、地元紙の囲み記事程度のニュース性で、デビューさせたのか。一発屋狙いの色モノの選び方みたいだ。この相徳さんというおやじの著書をみると、金もうけの匂いが強すぎて、そう思ってしまう。

(相徳昌利さんの著書)------------------------

「歌手・タレントという仕事—なりたい人のデビュー読本」

「音楽業界スタッフ入門—君も音楽人間になれる」

「男が決めた女の常識」

「コンサートスタッフ入門—君もコンサートスタッフになれる 」

「音楽ビジネス参入のすすめ 」

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この著書群から感じるのは、ビジネス、ビジネス、ビジネス、ビジネス、音楽は商売だ!という気概。若者の憧れを食いものにしていく、典型的なアキンド・オーラ。あからさまに田舎者をターゲットにしたタイトルって感じ。「東京モード学園」のネーミングセンスに近いものがある。業界人恐るべし、だ。

蛇足。

そんなマイズに贈りたい音楽。これはお役所発のミュージック。大分県佐伯市役所・企画課長の山野内眞人さんが、作詞・作曲、歌までも。

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♪「ぼったくり音頭」   作詞・作曲・歌 山野内眞人

<1>
ちょろいもんだぜ 高齢者(としより)は
「タダであげる」ともちかけりゃ
われもわれもと 群がって催眠商法
※(ソレ)ぼったくれ!ぼったくれ!まる儲け

<2>
ちょろいもんだぜ 主婦たちは
「自宅でできて 高収入」
甘い文句を 並べ立て内職商法
※繰り返し

<3>
ちょろいもんだぜ 素人は
「役所の方から来ました」と
お堅い言葉で 丸め込みかたりの商法
※繰り返し

<4>
ちょろいもんだわ 独身は
「あなただけよ」と 呼び出して
言葉巧みに 売りつけるアポイントセールス
※繰り返し

<5>
ちょろいもんだぜ 消費者は
勝手に品物 送りつけ
金を払えと ふっかける送りつけ商法
※繰り返し

<6>
今日もどこかの まち角で薄ら笑いを 浮かべつつ
歌う 悪徳商法のぼったくり音頭
※繰り返し
今日も行くごひいきに

----------------------------------------

世俗にまみれた業界人が、田舎の青年をデビューさせた。
「マイズ」のやさしそうな二人が、
「オツベルと象」の白象にならないことを祈る。
お願いです。サンタマリア。


text by 副編集長

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2005年3月 9日 (水)

TOKIOでなくてはダメなワケ

TOKIOは働き者のアイドルである。荒れ地を耕し、日本家屋を建て、水田に水を引き、米をつくり、厳しい冬をのりこえ、ソーラーカーで日本一周し、カン蹴りに血道を上げ、漁船で海原へ出、24時間テレビで地球を救い、ドラマに出演し、コンサートもこなす。「なんでもできる」というよりは「なんでもござれ」の心意気。芸人顔負けのハングリー精神。この御時世、仕事があることはなによりだ。でも、TOKIOはアイドルなんである。いるかな?ハングリー。

ハングリーアイドルTOKIOがやるから、絵になる番組がある。と、最近思う。とくに「鉄腕ダッシュ」。ヘタな芸人がやっても、ダメな感じ。かといってSMAPならやりたがらない。半分芸人で半分アイドルだから出演できているような気がする。特異なポジションで生きる「すきまアイドル」に思える。

往年アイドルは、いるだけで仕事になった。トシちゃんは脳天気なだけで、お金がもらえた。マッチは生意気なだけで、曲が売れた。 現代は、近藤雅彦もレーサーとかやらなきゃいけないご時世である。他のジャニーズだって例外じゃない。生存率が低いから沢山卵を生む魚のように、グループを輩出している。シブがき隊・少年隊、光GENJI、男闘呼組、忍者‥。

稀に少年隊のような安定期に至った成功例もあるが、シブがき隊では薬丸とモッくんのみ生存。光GENJIは諸星がB級芸人的に棲息しているのをたまに確認。その他に、名前も顔も思い出せない行方不明者たちがいる。脳天気だったトシちゃんは、海面の水位が上がってるのに気がつかずに、波に飲まれて消えた感。Jrとして芸能界の海原に放った稚魚たちも、どれくらい生き残るか分からない。「かっこいい」「踊れる歌える」だけしか身につけていない温室で育てられたアイドルたちは、芸能界に荒波では生き残るのは難しいのだ。

このアイドルの温室効果的、危機的状況にストップをかける存在が「TOKIO」だ、と思う。「俺アイドルだから」を盾に仕事を断る、温室で育てられたヤワな奴等にできない仕事をバンバンこなしていく。田畑を耕せば、漁船にも乗る、アイドルをベースとした多角経営だ。トシ・マッチ時代には、アイドルに「させてもいいこと」と「ダメなこと」があったが、そのへんの暗黙の了解をなかったことにしてる。でもそれは「扱いやすい」っていう証明みたいなもんだが。昔「トキオ松岡、犬にかまれる」というニュースがあったが、これが「スマップ木村、犬にかまれる」だったら圧力かけて報道させてないと思う。

その往年のアイドルが持っていた権力の薄さが「TOKIO」のアイデンティティなんだろう。かつぜつの悪い長瀬、苦労臭を醸すリーダー、ガタイはいいが影が薄い山口、松岡のテンションが空転している感じ、国文の世渡り上手感。これら極フツーの近所のあんちゃん的特徴は、テレビの中で親近感に変換される。逆に「俺はアイドル」的な嫌味を中和し、最高の当たりさわりのなさを醸している。ある意味、高純度な好感度と呼べるかもしれない。

昔、SMAPの稲垣はTOKIOについて言っていた。

「俺、鉄腕なんとかなんてできないよ」

この一言が、TOKIOのすべてだ。アイドル気質が薄いからこそ、老若男女に愛される。今年はお米いっぱいできるといいね!と、温かな目で見ることができる。新日本石油のホームページでは、トキオのCM起用理由が書かれていた。

「男性、女性問わず、幅広い層から支持され、かつ明るく爽やかで、活動的な若々しいイメージを持つグループであり‥」

TOKIOは、当たりさわりのなさにかけては他の追随を許さないのである。

tokio

text by 副編集長

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2005年1月21日 (金)

「爆笑田中」がつまらない理由

tanaka

爆笑問題の田中は、テレビに向かって文句を言う親父と変わらない。田中語録を振り返ってみるとよくわかる。「なんでだよ!」「そんなコト言わなくていい!」「んなわけねーだろ」、しまいには「うるせえ!」。もはや野次に近い。

なかでも爆笑田中を考察する上で興味深い言葉がある。

「くだらねーんだよ!」

そう、太田の芸は「くだらない」。「くだらなさ」の塊みたいな所がある。太田のくだらなさが連発するというワンパターンで、ネタは進行していくんだが、ネタ中に「くだらねーんだよ」とストレートに言うところが、興味深い。相方に放つ言葉として、異色。田中が「くだらねーんだよ!」ということで、太田のくだらなさ事体が、確信犯であることを示している。時々、本当にくだらなくて嫌になるが‥

田中の機能としては「くだらない人」太田に対する、まっとうな人であることだ。太田がわるふざけを続けている以上、田中には「気の効いた一言」や、「笑いのとれるコメント」なんてものは不要。太田がフラストレーションをつくり、田中が解消するというシステムである。一刻も早く、無駄のない一言が要求されている。だから、当然、素人の代表ような野次になる。上の例文を見てもわかるように装飾のない言葉ばかりだ。そうすると、もう一般人と大差はない。田中がつまらない、普通のチビに見える理由はそこにある、と思う。

「ひとことコラム」では、そんな一般人ぶりが際立っている。太田の独壇場とも言うべき「コラム」では、田中だけがつっこみの権利を有している。そこで田中は、さあ、つっこむぞ!と腕まくりして、力いっぱい野次るのだ。「うそつくな!」「いいかげんなこと言うな!」「そんなワケねえだろ(半笑い)」「ぜっっったい!、そんなことないから」そして必殺「うるせえ!!」。

ぜひ、太田が出ているテレビを、一般人田中と一緒に見てみたい。きっと、テレビで見ている感覚と、大差ないだろう。とくに「コラム」に関しては。太田はテレビの中にいて、田中がテレビを見て野次ってる構図が浮き彫りになるから。ある意味、あれは田中にとって残酷なコーナーである。

いま気になるのは、そんな田中の野次が、生来のものであるようにみえることだ。小学生から変わらず言い続けていた年期の入った野次に聞こえる。野次は野次でしかないが、あんなにいちいち小うるさい小男はいないと思う。いじるとすぐムキになる子供がいたが、そんな大人は珍しい。貴重であるとすら思える。私は、それこそが田中が、唯一テレビ人に見える瞬間だと思う。今、司会路線へまっしぐらだが、田中が仕切れている場面など見たことがない。よりいじられることを切に願う。

text by 副編集長

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2004年12月19日 (日)

京セラ。長渕ケータイで自爆。

しゃあらららららぁ♪しゃあらららららぁ♪金色のライオン〜♪raionというわけで、大事件である。何がって、京セラのCMだ。同CMには、唐突に全速力で駆ける金髪マッチョが登場。あ、長渕だ!と気づいた若者たちがケータイで連絡。次第に人の群れができ、最高にハイな長渕を追いかけてスロープを上り詰めると突如ライブステージが現れ、青空の下でシークレットライブが始まる——という長渕人気絶頂という素晴らしく虚構なストーリー。

まず驚くべきは、「剛」という名に相応しく極しん空手で鍛え上げた筋骨隆々の肉体である。久々に長渕をみた視聴者はさぞ肝をつぶしたであろう。別人の鉄人ぶり。長年、長渕のモノマネで食ってきた芸人は、今後、肉体改造を視野に入れなければならない。「今の長渕」を語るときに、「筋肉」は欠かせない。金髪、筋肉、疾走‥「金色のライオン」は長渕自身なのであるのね。nagabuchi

次に驚くべきは、歌である。カレン・カーペンターが歌う「イエスタディワンスモア」、ブルーハーツ(失礼ハイロウズ)が歌う「日曜日よりの使者」、どちらも「シャララララ〜」と歌うわけだが、長渕のそれとは雲泥の差。カレンの「シャララララ〜」を小川のせせらぎに例えるならば、長渕の「しゃあらららららあ」は立ち小便であろう。あんなに汚い「しゃららあ」は前代未聞。金色の小便〜♪と歌ったら長渕ファンに袋だたきに合うのだろうか。

そして、最後に驚くべきは、これが、ケータイのCMということ。長渕のPVではないのだ。歌詞とも、長渕とも、筋肉とも、京セラのケータイのつながりは見いだせない。悲しいことに、この『A1403K』というカワイイケータイは「長渕ケータイ」として記憶に焼きつけられる。ケータイを作ったデザイナーはどういう気持ちであのCMを見ているのだろう。

もはや、このCMのターゲットなんて見えない。長渕ファンがキュートなケータイを持つはずがない。極しん選手にも似合うわけがない。ましてやイマドキの若者が長渕の薦めるケータイに手を出すだろうか。少なくとも私は「長渕ケータイ」はいらない。京セラは「人気歌手」の一言で長渕を認識しているのだろうか。「大麻」「不倫」「極心」「筋肉」「清原」‥長渕に関わるこれらの言葉を知っていたら、起用なんてできないのに。京セラ社長は長渕信者なんだろう、と納得するしかない。

唯一の救いは、CMの最後を締めるコピーである。keitai

「そうくるか、京セラ!」

これは、キャスティングに対する消費者の驚きの声でもあり、CM制作者の憤慨の声である。「こんなにカワイイケータイに長渕起用」というどうしようもない不条理に対する、CM制作者達の反逆だと想う。京セラはこのコピーに、「意外性」というコンセプトで長渕を使い続けるという無茶を、世間に納得させようとしているのである。だれも、納得なんてしないが、言うことで、京セラ自身、心に折り合いをつけているのだと想う。

京セラは2005年の9月まで一年間、長渕を使い続けるそうである。長渕を使い続けるイコール「そうくるか、京セラ」の連続である。長く凄まじい自己呪縛。長渕剛を一年間、企業イメージにするということが、どういうことか思い知るがいい。しゃあらららららぁ♪京セラブランド崩壊の序曲が聞こえてくる。次回作が恐ろしく楽しみである。

text by 副編集長

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2004年11月 9日 (火)

KONISHIKIの出世術

近頃、KONISHIKIをとんと見かけなくなった。

正確に言うと6月半ばのスーパーテレビ以来見ていない。ま、テレビ自体あんま見る暇ないのだが。この時の題材はKONISHIKIのダイエットだった。私は、あの番組は「KONISHIKIがデブタレントを辞めた番組」と位置づけている。KONISHIKIはあの仕事で「ボクはもう、やせてもいいんだよ」という判断をくだした。やせられる・られないは別にして、この決断はなんかKONISHIKIの芸能人としての属性を変えた瞬間だったような気がする。ダバディが通訳をやめて、解説者になっていった過程の感じと似てる。
konishiki2.gif
通常、「やせる」という決意は、太いタレントにとって引退同然である。「大食いをしない」という表明は「デブタレントをやめる」と同義である。やせた石塚に商品価値はないし、ガリガリの内山は判別不能だし、腹八分のウガンダに未来はない。アニマル悌団のコアラもデブタレントとして生きれるくらいの太り方だったが、結婚を機に大きく方向転換して、痩せた。これはまた若干意味が違うか。

KONISHIKIは、当初あのサイズを売り物にCM等に出てきたが、純粋なデブタレントではなかった。元力士という特殊性が「大食いをしない」「デブとしていじられた事もない」不思議な状況を作り上げていた。過剰にいじられバカにされることはなく、それはタブーだとすら思われたほどだ。KONISHIKIのズボンに人間が二人すっぽり入る、とかいう「びっくり人間的」な扱いに留まっていた。角界引退直後、サイズを誇示するだけが持ち芸のすべてだったように思う。

スーパーテレビでKONISHIKIは妻と語っていた。
「2人で相談しながら、体重を減らしていければと思う」
この言葉はKONISHIKI成長の証である。テレビ内で確固たる地位を築いてきたことを表明していることに他ならない。デーブ大久保が言ったら、存在意義の消滅である。

元大関以来、KONISHIKIが築いてきた地位ってなんだろう。外国人ならではのカタコト言葉で得た「人なつっこいKONISHIKI」。サントリーのCMでみせた「意外におちゃめなKONISHIKI」。「ココがヘンだよ日本人」で得た「国際派」という地位。同番組で外国人が暴れだすと「オマエ、ヤっちゃうよ」などと武闘派的な発言もみせた。三宅島避難住民を慰問する「人情派」な一面。さらに、ハワイアンのコンピレーションアルバムをリリースなんかしちゃう「音楽性あふれるリズミカルなKONISHIKI」。

見事な履歴書である。できること全部やったぞ、という達成感すら読み取れる。元大関が、コンピレーションアルバムをリリース。この一見、両極端とも言える文化のクロスオーヴァーがKONISHIKIが到達した「高み」なんだろう。もう、相撲について意見を求める者などいない。それが成長だってことなんだろう。そんなKONISHIKIを誰が望んでいるのか知らないが。

konishiki3.jpgで、今のKONISHIKIは?ということでホームページを探してみた。あったあった。師走も押し迫ってきたこの時期に、アロハシャツ一枚で笑うKONISHIKIが‥そうか、こっちに行ったのか。国際方面の強化。相撲もデブも武闘派もやめ。
これからは、

「ハワイの子供たちと日本の子供たちとの交流や活動を通じて、異文化体験の機会を与え、夢を持つ事や、家族を大切にする事の重要性を学ばせる機会を与える。」

らしい。
経歴を見事に活かした見事な方向性。競合の恐れがない領域だ。元大関「小錦」のファンは完全に「切った」と言える。「アケボノ、もっとカシコクに生きてみなよ。ボクのようにさ。」KONISHIKIはそう語りかけているようである。たぶん、そろそろ「戦争を語るKONISHIKI」とかがテレビで観れそうな予感。選挙に出るかも。ありうる。

別にKONISHIKIの顔とかカラダとかが嫌いなわけではない。他分野に手を出して成り上がっていく様子が、あざとくてハラが立つだけ。目に見えないところで、どんどん「新しい自分」を演出して、知らないうちに肩書き変わってるKONISHIKI的な奴多いからなあ。藤井フミヤのアーティスト化とか。なんだ?フミヤートって。ま、勘違いぶりはダバディには負けるが。


「KONISHIKI`S」
http://www.konishiki.net/jp/

TEXT by 副編集長

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2004年10月17日 (日)

「VOXY」で中古の反町を再確認

VOXY,the COOLのCMに反町が出ていた。「I am the father」のトータスのからのチェンジ。トータスは女の子と出ていたが、反町は男の子と出演。

父親役の反町が恰好つけてポーズをキメる。(足を組んだり、ガムを膨らましたりする 旧時代のカッコ良いポーズ)憧れの対象である父親のしぐさを息子がまねている。しかもペアルック。という設定。ボクシーザクール。それがボクシーの「クール」なのか。

反町、チューインガム、ペアルックなどそのCMを包むすべての空気が死語だなあ。逆にこちらがタイムスリップしたかのような錯覚。せめて、反町を「パパ」タレントとしてリサイクルして欲しかった。こんな一面もあるんだ、と気づかせて欲しかった。だが、「親になっても、かっこいい大人」が起用理由なのでそれはなかった。

sorimachi.jpgつまり、反町は、ただ、無自覚にキメていただけだった。しぐさ、目線、笑顔‥体現している「かっこよさ」の古臭さは健在。時代にとりのこされた反町を再発見した次第。たぶん「かっこよさ」の型が古い。存在事体が中古なんだと思う。たぶん、実際にギャラも安いんだろう。査定した内訳をみてみたい。たぶん型が古くて安いだけなんだろうけど。

喜ぶのは、往年のファンか、反町を知らないおばさんたちか、あざ笑って迎える私くらいか。「みんな知っている=みんなが受け入れる」このテの勘違いは、たくさんの人のチェックを受けカドがとれて、誰にでもわかりやすいものに仕上げられるCMの世界ならではのことだろう。反町は、認知度の大きさが、好感度と間違えられている好例。普通にテレビ見て、生活していればわかることだと思うのに。かっこいいのかな。私にゃわからん。反町。今では、自分が、ポイズン。

追記

少し前のスバルR2のCMのUAから観月ありさへのチェンジのように、ベタへの転換にがっかりさせられることが多い。どちらもミュージシャンから、俳優・女優へ変わっている。妙な共通点。

text by 副編集長

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ヴィジュアリストの試練

名前は、あるていど、人生を決定します。本名、あだ名、ニックネーム、肩書き、レッテル‥「仕事魔」と呼ばれると、仕事魔らしく振舞うようになってくる。「今日はだるいなあ、ソープでも行こうか」とは言えなくなってきます。 部長とか、重役クラスになってくると、もちろんいばる。自分をそういう存在として受け止め、肩書きにふさわしい行動をとるようになるみたい。

これが、社会学で言うところの「ラベリング理論」というやつらしい。

京都市副市長に、松井珍男子という方がいらっしゃるらしい。珍男子って「うずひこ」って読むんだぜ。と、旧友から教えられました。がんばったんだろうな、うずひこさん。女性スキャンダルに気をつけて。松井珍男子。松井珍男子。松井珍男子。何度書いても、悲しくなる。副市長らしい行動を、その名前から想像できないのが、悲しい。

肩書きが、面白いのは、てづかまこと。ヴィジュアリストだってさ。

手塚眞は、手塚治虫の息子である。かの名作「ブラックジャック」のアニメ化、不評の迷作「白痴」の制作に携わっています。手塚治虫の息子から、映画監督、プロデューサーと仕事の幅は広いみたい。ヴィジュアリストとは?の問いに、夢を与える仕事、夢との接点をつくる職業と答える。らしい。きっと、正直なセリフでしょう。手塚治虫の漫画を読んだことがある方なら、根性ネジまがったヒネクレ息子が育つはずはないと思います。手塚センセイのあの穏やかで邪気のないスマイルを受け継いでいるのだろうな、と思います。

けれども、あの肩書きはおかしい、ヴィジュアリストって、お前、ばかじゃねーの。と、だれしもが思う。有名人の息子だから、ちょっと変わってるんだな、と思う方もいるはず。でもね、個人的には、合点が行くところもちょっとある。

親父治虫が作った世界では、ミスフィットの主役が多い。世間に相容れない、社会に溶け込めないミスフィット。ブラックジャック、アトム、ブッダ、それぐらいしか知らないけど、みんなミスフィット。闇医者、ロボット、宗教家。一般的な世間には属さないところから、善と悪を問い直す、という方法をとっているのだと思います。一般社会からはみだした孤独で特別な存在で、孤独だからこそ、公正な判断が宿る。

ヴィジュアリスト。とっても非現実的でミーハーな響きがするけど、その肩書きのフィクション性に、息子・手塚眞が憧れたのは、なんとなく合点がいきました。「特別な存在」への憧れが、きっと、彼に奇妙な肩書きをつけさせた。ほんとに好きなんだろうな、手塚漫画。と勝手に思います。

嫁さんも「陰陽師」で名前は呪だ、なんて言ってるけど、その影響かも。ヴィジュアリストという呪は、世間的にけっこうきついぞ。名前は、あるていど、人生を決定するから。くじけるな七光。

text by 副編集長


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