恋愛ソングの頂点に君臨する「ジャガー」
当たり前だが、カラオケというものは、毎週行くものではない。あの人の歌う歌が分かってくる。この人は歌えないのにこの歌に挑戦する。きっとあいつと曲がかぶっている。あ、先に歌われた。などなど同メンバーで行くと毎回戦局がめまぐるしく変わる。そのうち、この歌手はあの人の担当、この歌はあの人と持ち歌と、ふりわけまで出来てくる。だが、持ち歌をもっている自分は何者だろう、と自問することはない。カラオケにはお互いの自意識を開放し、受け入れあうための場でもあるわけだ。
さて、毎度の仕事の付き合い的カラオケ残業で得るものもある。鈴木聖美+RATS & STARの「ロンリーチャップリン」が歌えるようになったこと。堀内たかおを聞いてはぐれ刑事純情派の歌を知ったこと。長渕を歌う人はみんなマネが入るということを確認したこと。そして、このヒデキの「ジャガー」を知ったこと。
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「ジャガー」
作詩:阿久悠 作曲:三木たかし
♪愛に命懸けた奴は誰だー
(女コーラス:♪ジャガ〜)・・・・
(セリフ)
君が死んだら 俺は死ぬ
でも 俺が死んでも君は死ぬな!
君ひとりでも愛は生きる
俺ひとりでは愛は死ぬ…
しゃべるな!何も言うな!!
目を見ろ 何が見えたか?
炎が見えたか!?
君を愛する炎が見えたか!!
さあ来い 飛んで来い
抱いてやる!抱いてやるー!!!」
君を愛した 君を愛した
命あずけた AhhhhhhhooooOOW!!
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上記は、ギターソロに乗って入るセリフ部分。女性の曲をカバーしてヒット飛ばして悦に入っている輩に教えたい。
徳永、男なら男を歌え!と。
>君が死んだら 俺は死ぬ
>でも 俺が死んでも君は死ぬな!
>君ひとりでも愛は生きる
>俺ひとりでは愛は死ぬ…
この状況は一体なんだ。墜落する飛行機でパラシュートがひとつしかない状態か。男は女に生きてほしいと願う。俺が死んでも後追いはするな、と願う。脳裏に北斗の拳のレイが浮かぶ。女は死兆星が見えたマミヤだ。
>しゃべるな!何も言うな!!
>目を見ろ 何が見えたか?
目を見ろ、と言われて見えるのは、ふつうは目である。もしくは、目に写っている自分の姿である。だが、ジャガーは違う。
>炎が見えたか!?
>君を愛する炎が見えたか!!
何も言うな、と言っておいての質問だ。そんなの当たらねえよ、と、グチをこぼすことさえ許されない。見えてても見えてなくても関係ねえ。愛している。愛している。愛している。と千の言葉を重ねてもいい尽くせない激情の表現。意味の破たんが感情のほとばしりなのだ。
>さあ来い 飛んで来い
>抱いてやる!抱いてやるー!!!」
もはや言葉すらもどかしくなったから、肉体で語る。その流れは展開として自然である。ここまできてまったく大した歌詞だと感心する。ここまでの構成は、言葉の意味の消失をはかり、理性の世界へ突入し、肉体の世界へいざなうためのステップだったのだ。
>君を愛した 君を愛した
>命あずけた AhhhhhhhooooOOW!!」
もはや何を言おうか。バカ歌詞を笑うつもりで書いていたが、理性の壊し方が見事である。自分が歌わないからって、阿久悠は勝手なこと書いてやがるとも思うが、歌わせてみたい歌詞ではある。時代と照らし合わせたヒデキ観のさらに上を行くものを書きたかったのだろう。
いったい二人はどんな状況にあるのか。いったい何が起きたのか。想像の映像すら浮かばない。圧倒的なイメージの嵐が去った後、残されたのは「愛」という真理の結晶である。狂うことによって、常識を破壊しつくすことで純粋な愛の抽出に成功している。
もう題名はジャガーでも何でもいいのである。とにかく人間は愛に燃えたらAhhhhhhhooooOOW!!なんである。愛は野獣である。体の言語である。レトリックを極めつくした阿久悠が、レトリックを捨て去ることで表現したかった芸術がここにある。確信犯の「わけわからん」だ。
なんかもう、どうでもよくなってしまったよ。
text by 副編
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