音楽

2010年9月21日 (火)

美空ひばり「愛燦燦」のカタルシス

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カラオケというのは、やっぱりブームだったんだろうな。

ボウリングをやりまくった世代というのがあるように、カラオケにも世代で是非がわかれてきた。ワカモノを誘ったら露骨に嫌な顔をする。羞恥心を捨てなきゃカラオケは楽しくないのはわかるんですが、羞恥心を捨てる必要があるんですか、そこまで人は会社の奴隷じゃないですよね、というような目でじっと俺を見る。そして、ゲイに掘られて開眼したゲイみたいで、僕はゲイになりたくもないじゃないですか、なんて曲がった極論で返してくる。正論は、正しく伝えてこそ、正論なんだがね。

必要なんですか、好きじゃないですから、と、ワカモノ。
いいからこいよ、これも仕事のひとつだ、と、おっさん。
あいだに挟まれると、おれサラリーマンだなあ、
という実感がしみじみ身をひたす。

さて、また行ったよ、カラオケのある店。店長が「ママ」と呼ばれる系統の。

スナックは「ママ!ママ!」と、くり返し呼びながら、大人が子どもに帰る場所。もう「ママ」と呼べなくなった男たちの哀しい遊び。ママも、ママであろうとして、こんな歌を歌ったりする。

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「愛燦燦」 

歌:美空ひばり
作詞・作曲:小椋佳 

雨 潸々と この身に落ちて
わずかばかりの 運の悪さを
恨んだりして
人は哀しい 哀しいものですね

それでも 過去達は
優しく睫毛に 憩う
人生って 不思議なものですね

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すごいなあ、この歌詞。言葉をひとつ間違えると、世界は壊れる。

この世界に降る雨は、ぱらぱらでもざーざーでもなく、潸々と、でなければいけない。雨を、人生に降りかかる不幸としているなら、強すぎてはいけない。潸々と降らすことで、そんなに人生つらくないよ、という思いをこめている。人を救おうとしている気持ちが見える。

主人公に降る雨も、雨に濡れて、打たれてとかではなく、「この身に落ちて」という人の運命を漂わす表現がふさわしい。不運の程度も、わずかばかり、と言わなければ誰も救えない。どれだけつらいことがあっても、わずかばかり、という軽い笑いとばし感がないと、ただの恨み節になる。

そして、「人は哀しい」という、さけようもないオチ。これをもう一度、哀しいものですね、とすることで、誰かの孤独な悲しみを、お互い大変だよね、と共有化してやわらげる。ここまでのわずか4行で、誰もが、雨の日の美しいワンシーンを頭に思い描けると思う。

歌詞は、それでも「過去達は優しく睫毛に憩う」と続く。

たぶん、振り返ればすべて、いい思い出になりますよ、というような意味。ちょっとわかりづらいけど肯定的にとらえるなら、個々のイメージを投影できる場所をつくったんだと思う。個人的には、睫毛をふせて涙をとめている絵を想像した。雨が顔をつたい、涙に変わろうとするその時、ひさしとして睫毛がある。つらい思い出をやわらげる「憩い」があるイメージ。

そして「人生って不思議なものですね」と続く。

人は哀しいですね、けれども、人生は不思議ですね。という流れは、ただ、ただ、美しい。雨にふたつの意味を発見したんだろうな。この身に落ちる不運としての雨が、いつしか、心を洗い流す浄化の雨になっている。雨が悲劇の舞台と浄化の装置をかねている。雨を人生に重ねた歌はいろいろあると思うけれど、ここまで的確に本質をつけるのは、やっぱり技だなあ。美空ひばりという芸名すら、詩の一部に感じられる。聴き手の想像力を信頼しているから、こんな世界が書けるんだろう。

その世界は、1番を歌い終えたママに、おっさんたちが声援を送った瞬間、終わった。

「ママー!最高!」

「結婚してくれー!」

「ヨッ!平成のひばり!」

「ママさんさん!」

ああ、なんなんだろ、この夜。

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2010年9月17日 (金)

セイコーマートの歌が覚えられない

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覚えたくはない。だが、歌詞があいまいな状態がつづくと、イライラもつづく。セイコーマートの歌が気になったら、今日一日は頭の中を支配されたと言っていいだろう。仕事の能率は落ちるし、目はうつろになるし、胃はむかむかするし、やる気が吸い取られる。ただひたすらえんえんと、頭の中をYASUの声がリピートする。しかも、適当に聞いてるから、歌詞があいまいで、正確に脳内で再生されないミョーなジレンマがある。この呪いを解くには、歌詞を知るしかない。

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がんがん食べよう! 毎日食べよう! 
おなかがすくのは生きてる証ィ!
がんがん食べよう! 三食しっかり! 
どうせだったらおいしいほうがいい〜
おにぎり1個じゃ ちょっと足り〜なぁ〜い
カップラーメンの後に 甘い甘いデザートぉ
食後の缶コーヒィィィィィ〜

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以上が、基本の曲。これはまあ覚えられる。許せる。短いから。だが、ワインの曲というのが、長いんだ。たいていの人がおぼえる前に店を出る。または、曲の途中から店に入る。記憶はこまぎれになって、さらにもどかしい。そしてなにより、「絶対聞き取れない謎の歌詞」が俺を悩ましつづけるのだ。記憶は、歌詞のほとんどを再生できるのに。

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ワインを飲もう それはふたりの
心の扉をあける鍵
ワインを飲もう 今夜ふたりで
おそろいのグラスに注いで

ワインってとても 不思議なものね
ふたりの呼吸を すてきにかえる
出会ったころの ふたりのように
今夜おどろう 君はすてきだ

ワインを飲もう 月あかりの中
ずっといっしょに笑っていたい
ワインを飲もう 君とふたりで
魔法の香りにつつまれ

今日ふたりの 記念日だから
グラスに注ぐ 思いが(ここが聞こえない)
ずっとふたりで 歩いてきた道
やさしいワインの香りに包まれて

ワインを飲もう ワインを家で
ワインを海で ワインを山で
ほっとワイン ありがとワイン
ジャストワイン ずっとワイン
あ・な・た・とワ・イ・ン

ワインを飲もう それはふたりの
心の扉をあける鍵
ワインを飲もう 今夜ふたりで
おそろいのグラスに注いで

ワインを飲もう 月あかりの中
ずっと一緒に笑っていたい
ワインを飲もう 君とふたりで
魔法の香りにつつまれ

ワインを飲もう それはふたりの
心の扉をあける鍵 
ワインを飲もう 月あかりの中
お気に入りのグラスに注いで

ワインを飲もう×2

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今日ふたりの記念日だから、グラスに注ぐ思いがホニャララ。と、いうところ。ものすごい適当に歌っている。グラスにいったい、どんな思いを注いでいるのか。知りたくないよ。覚えたくもない。どうでもいいし、勝手にしてほしい。けど、気になってイライラするのはなんなんだ。なにいってんだ、この野郎。俺をどうするつもりだセイコーマート。もうだめだ。誰か。

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2008年4月 8日 (火)

恋愛ソングの頂点に君臨する「ジャガー」

Jaga

当たり前だが、カラオケというものは、毎週行くものではない。あの人の歌う歌が分かってくる。この人は歌えないのにこの歌に挑戦する。きっとあいつと曲がかぶっている。あ、先に歌われた。などなど同メンバーで行くと毎回戦局がめまぐるしく変わる。そのうち、この歌手はあの人の担当、この歌はあの人と持ち歌と、ふりわけまで出来てくる。だが、持ち歌をもっている自分は何者だろう、と自問することはない。カラオケにはお互いの自意識を開放し、受け入れあうための場でもあるわけだ。

さて、毎度の仕事の付き合い的カラオケ残業で得るものもある。鈴木聖美+RATS & STARの「ロンリーチャップリン」が歌えるようになったこと。堀内たかおを聞いてはぐれ刑事純情派の歌を知ったこと。長渕を歌う人はみんなマネが入るということを確認したこと。そして、このヒデキの「ジャガー」を知ったこと。

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「ジャガー」

作詩:阿久悠 作曲:三木たかし

♪愛に命懸けた奴は誰だー
(女コーラス:♪ジャガ〜)・・・・

 (セリフ)

 君が死んだら 俺は死ぬ
 でも 俺が死んでも君は死ぬな!
 君ひとりでも愛は生きる
 俺ひとりでは愛は死ぬ…
 しゃべるな!何も言うな!!
 目を見ろ 何が見えたか?
 炎が見えたか!? 
 君を愛する炎が見えたか!!
 さあ来い 飛んで来い
 抱いてやる!抱いてやるー!!!」

 君を愛した 君を愛した
 命あずけた AhhhhhhhooooOOW!!

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上記は、ギターソロに乗って入るセリフ部分。女性の曲をカバーしてヒット飛ばして悦に入っている輩に教えたい。
徳永、男なら男を歌え!と。


 >君が死んだら 俺は死ぬ
 >でも 俺が死んでも君は死ぬな!
 >君ひとりでも愛は生きる
 >俺ひとりでは愛は死ぬ…


この状況は一体なんだ。墜落する飛行機でパラシュートがひとつしかない状態か。男は女に生きてほしいと願う。俺が死んでも後追いはするな、と願う。脳裏に北斗の拳のレイが浮かぶ。女は死兆星が見えたマミヤだ。


>しゃべるな!何も言うな!!
>目を見ろ 何が見えたか?


目を見ろ、と言われて見えるのは、ふつうは目である。もしくは、目に写っている自分の姿である。だが、ジャガーは違う。


>炎が見えたか!? 
>君を愛する炎が見えたか!!


何も言うな、と言っておいての質問だ。そんなの当たらねえよ、と、グチをこぼすことさえ許されない。見えてても見えてなくても関係ねえ。愛している。愛している。愛している。と千の言葉を重ねてもいい尽くせない激情の表現。意味の破たんが感情のほとばしりなのだ。


>さあ来い 飛んで来い
>抱いてやる!抱いてやるー!!!」


もはや言葉すらもどかしくなったから、肉体で語る。その流れは展開として自然である。ここまできてまったく大した歌詞だと感心する。ここまでの構成は、言葉の意味の消失をはかり、理性の世界へ突入し、肉体の世界へいざなうためのステップだったのだ。


>君を愛した 君を愛した
>命あずけた AhhhhhhhooooOOW!!」


もはや何を言おうか。バカ歌詞を笑うつもりで書いていたが、理性の壊し方が見事である。自分が歌わないからって、阿久悠は勝手なこと書いてやがるとも思うが、歌わせてみたい歌詞ではある。時代と照らし合わせたヒデキ観のさらに上を行くものを書きたかったのだろう。

いったい二人はどんな状況にあるのか。いったい何が起きたのか。想像の映像すら浮かばない。圧倒的なイメージの嵐が去った後、残されたのは「愛」という真理の結晶である。狂うことによって、常識を破壊しつくすことで純粋な愛の抽出に成功している。

もう題名はジャガーでも何でもいいのである。とにかく人間は愛に燃えたらAhhhhhhhooooOOW!!なんである。愛は野獣である。体の言語である。レトリックを極めつくした阿久悠が、レトリックを捨て去ることで表現したかった芸術がここにある。確信犯の「わけわからん」だ。

Jetjagger

なんかもう、どうでもよくなってしまったよ。

text by 副編

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2007年11月14日 (水)

ジジイが稲尾で泣いていた。

一日遅れてで情報が入ったのか、
古本屋のジジイがレジの陰で
新聞を読んで涙ぐんでいた。

「稲尾さんが亡くなった」

わからんな。
どんな選手が死んだら俺は泣けるんだろうか。
橋本真也のときはちょっと泣いた。
太洋ホエールズの遠藤とかは危ないかも。
いずれにしても、ジジイの涙ほどの濃さはない。

ラジオからは、カバーアルバムが出されたからか
ユニコーンの「ターボ意味なし」が流れる。

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毎日 朝から 暗くなる頃まで
どこから来るのか 通りをすべて埋め尽くす

あたりにどす黒い 息を撒き散らして
どこにも行けない 哀れな生き物

聞こえてくるのは
車たちの悶える声

ほら聴こえるだろ
アイツらの震える声

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サボるために入った古本屋で、
思わぬ重さが漂っていた。
もー、朝からやめてくれよ。
外に出たら、
晴れてんだか曇ってんだか
わかんない空。

text by 副編

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2007年11月 9日 (金)

Life is fast ‥‥

深夜。家のドアの鍵穴に、会社のカードキーをかざしている自分に気がついた。疲れている。開くわけねえよな。カギを回して家に入る。部屋のステレオはつけっぱなしか。ああ、高校のときによく聴いた「NOFX」。曲は「Wore Out Soles Of My Party Boots」。俺のパーティブーツの底はすり減っちまった。同感である。もうトシです。

Life is fast ‥‥人生はあっという間、と歌は始まる。高校のときのメロコアブームも急速に過ぎた。オフスプリング、バッド・レリジョン、ペニーワイズ、ランシド‥‥エピタフレーベルのテンションはそのまま、高校時代のチャリの速度につながっている。ふとんの上に身体を投げ出して思い出す。エピタフは、たしかギリシャ語で「墓の上」だった。

「So call me Fat Fuck geriatric Punk rock‥‥」

ファット・マイク。たしか、ボーカル&ベースはそんな名前だった。アルバムを重ねるたび、増えていく体重。違う意味で存在感を増していった。まだ、あいつは太っているのか。

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Evidently no one likes a quitter or an old punk's bitterness
Son I`m watin for the tap
On my sholder cuz we're all getting older not better
The laughs are no longer with us

So call me Fat Fuck geriatric punk
call me Fat Fuck geriatric punk
call me Fat Fuck geriatric punk
shit face master of disgrace

みんな臆病者や古臭いパンクの味ってのが
好きじゃないのは明らかだよ。
だから俺は肩を叩いてくれるのを待ってるんだ。
だって俺たちはみんな、良くなるどころか
年とってくんだから。もはや笑えないよ。

だから俺のことを
太って老いたパンク野郎って呼んでくれ。
太って老いたパンク野郎だ。
太って老化したパンク野郎って呼べよ。
ぶざまで太ってトシ食ったマヌケ面マスターって呼べ。

※訳は適当
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20代で別れたミュージシャンは、その後もきちんとパンクといっしょに年をとっている。ファットマイクもデクスター・ホーランドもブレット・ ガーヴィッツもティム・アームストロングも。なんで10代に覚えたくだらない知識はいつまでも忘れないんだろう。

眠気のなか、曲をリピートする。

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Life is fast
But I don't wanna live past you
Cuz you are my only roots‥‥

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トシ食わないと、歌えないこともある。

text by 副編

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2007年7月26日 (木)

ストレスを無力化する歌「東へ西へ」

最近も、飲んだ後はリサイタル。おっさんどもに包まれたカラオケでは、中年が胸のうちに秘めた少年性と大人が過去を腐らせていく哀愁をいつも感じる。谷村新司や、玉置浩二、堀内孝雄、そして武田鉄矢‥‥生涯絶対CDを買わないであろう昭和の歌謡曲との無駄な出会い。ジャイアンに空き地に集められた、あの子たちの気持ちが痛いほどわかる。しかもジャイアン5・6人いるからね。

この現実逃避すら許されない状況で、100曲に2曲くらいの割合だが、たまに「おお、いいね」と不覚にも思う瞬間がある。

前回、リバーサイドホテルを取り上げてみたが、
この「東へ西へ」も凄い歌詞。
井上陽水って凄いんですね。
知りませんでしたよ、先輩。

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 「東へ西へ」

 昼寝をすれば
 夜中に眠れないのは どういう訳だ
 満月 空に満月
 明日はいとしいあの娘に逢える
 目覚まし時計は
 母親みたいで 心が通わず
 たよりの自分は 睡眠不足で
 だから ガンバレ みんな ガンバレ
 月は流れて東へ西へ

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3番まで聞けばわかるんだけど、これ、電車にのって花見に行く歌なんだね。1番の歌詞はその前日の晩の話。

花見だからと言って、花鳥風月が出てくるからといって、風流を歌っているわけじゃない。「がんばれ、がんばれ」って言うから応援歌かとも思わせるがなんか違う。リバーサイドのときにも書いたかもしれないが、ひとつの意味にくくられることを嫌う歌が多い。

手法としても、重い言葉に軽い言葉をぶつけて、ネガティブにもポジティブにもしないよう心がけているのがわかる。

「昼寝をしたから眠れない」というイライラや不安は、
「眠れないのはどういうわけだ?」とかるい疑問にしてしまう。

「目覚まし時計は母親みたいで」と続けば
「口うるささ」や「しつこく起こす」というべたべたした
感情を語りがちだが「心が通わず」とつきはなす。

あの娘に会える期待感と、睡眠不足のけだるさもまた、対比している。こうしてフォーク調にありがちな(さだまさしイメージでしかないが)、ジメっとした人生の暗さやベタっとした愛憎にタッチせず、かといって、Jポップの君が好きだのアイミスユーだのという青くささもなく、どっちにも転ばない楽な姿勢を保っている。押しつけゼロの流石の中庸である。

一般人には伝わりにくい、この独特の超楽天的な感覚は、次につづく普遍的な一言で社会の意味に還元される。なんでこんな歌をうたってんだの答えになる部分だ。

「だから、がんばれ」

脈絡から言ったら「だけど」なんだけど、「だから」である必要がある。睡眠不足だけどがんばれ、ってやると普通な応援ソング。「だから」には、いいこともつらいこともひとくくりにした先の希望がみえる。よく考えたら、何が「だから」なのか分からないが、だからこそ、このいい加減に包括した感じの一言が、気楽に温かく響くと思うんですが、どうでしょうか。

で、最後にブルーハーツみたいに「がんばれ!」でシメちゃうと、もうストレートに応援歌の暑苦しさは残るわけなんだが、この人は、そんなメッセージ性すらも無力化する。

「月は流れて、東へ西へ。」

最後の一行で世界はぐんと広がる。月は沈み、昇り、時は流れる。睡眠不足なんて一晩のこと、って境地である。花見に行く前の日の話で、ここまでの広がりを見せられる人はおらん。

がんばれ、と歌われて本当にかんばる人は少ない。言うことと、伝えることは違うんである。でもきっと、この変わった歌の存在のおかげで、夜中に眠れない日がそんなにつらく思えなくなる。がんばるか・がんばらないかということよりも、そういうことを考えながら観る月が、美しいということを気づかせてくれる。しかもこの時、月を眺めてるのはひとりじゃない。

Mangetsu

異常に疲れているから、こう思ったのかもしれない。
最近、病んでます。

text by 副編

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2007年3月 1日 (木)

コムロ時代の亡霊「TRF」の復活

Trf

どうしていまさらTRF。なぜこんなに深夜番組でサムや例の呪術士のようなドレッドを頻繁に見るのか不思議だった。「15周年」に理由を見つけることもできるが、10周年でも良かったわけで、それがどうしたという感じだった。TRFはコムロ時代とともに去ったのではなかったのか。ボーイミーツガールなんて、今想えば赤面もののダンスミュージックが再燃する理由はどこにあるのか。

答えは、意外な人物が教えてくれた。
深夜のパチンコ番組に出演する、
すっかり大人の「内山くん」だった。

「面白いすねぇ、CR『TRF』」

そう、もうご存じの方も多いと思うが、パチンコやらない人は意外と知らない事実。CR「TRF」の登場だ‥‥。すべての謎は解けた。金がらみだ。

Machine

こうなっちゃおしまいですよ、あんたら。


★紹介文は最高にイカス。
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日本の音楽シーンをリードし続けるスーパーユニット「TRF」とのタイアップ機が発表されました。コンセプトはズバリ「ダンスミュージックパチンコ」。TRFの特徴でもある「音」と「光」を見事なまでにパチンコ機に融合した、音楽パチンコ機です。
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『日本の音楽シーンを
 リードし続けるスーパーユニット』

『ダンスミュージックパチンコ』

笑いどころは色々あるが、ラストが最高だ。

『TRFの特徴でもある「音」と「光」を
 見事なまでにパチンコ機に融合した、
 音楽パチンコ機です』

「音楽パチンコ機」というフレーズのダサさも見逃せないが、 ファンなら、こう怒るべきだろう。


「見事なまでにパチンコ機に融合するな!」


TRFと青春をともにしてきた大人たちが、ちょうど今、パチンコのターゲットに成長していることは分かるんだけど、どうなんだろうなぁ。ついにパチンコ化!って喜ぶべき成長なのか。

大衆がコムロの手の平の上で遊ばされていた時代の象徴的ユニットTRFは、ある意味パチンコ化というある種の到達点を見つけることで、音楽シーンをリードし続けている、と言えなくもない。だが、TRFが初恋や初デートの思い出の曲だった人もいるはずだ。俺はあの頃、高校生だった。TRFと青春を過ごしてきた人にとって、パチ屋のタバコの煙に包まれながら曲を聞くなんて、想像もしなかった悪夢だろう。本場のダンスミュージックを目指してきた人間が、ビジネスに組み込まれていく様を見せつけられているようだ。

Pet1

エイベックスも酷なリサイクルをする。
青春の夢は、夢のままにしておいてくれないか。
早く成仏してくれ、TRF。

text by 副編


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2007年2月21日 (水)

意味消失の名歌詞「リバーサイドホテル」

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最近は、仕事でカラオケに行くようになってしまった。お酒は20時になってから、飲んだ後はリサイタル。おっさんとのカラオケボックスは、タバコの煙に包まれた玉手箱。ドアを開けたらとたんに老け込む自分がいる。チューリップ、安全地帯、コンプレックス、バービーボーイズ‥‥。俺をもとの時代に帰してくれ。

中年の後期にさしかかってようやく味が出てくる曲というやつもある。それが、ベタなところだが、井上陽水「リバーサイドホテル」。

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(間奏〜♪)

チェックインなら寝顔を見せるだけ
部屋のドアは金属のメタルで
シャレたテレビのプラグはぬいてあり
二人きりでも気持ちは交い合う
ベッドの中で魚になったあと
川に浮かんだプールでひと泳ぎ
どうせ二人は途中でやめるから
夜の長さを何度も味わえる
ホテルはリバーサイド 川沿いリバーサイド
食事もリバーサイド Oh, oh, oh, リバーサイド
ホテルはリバーサイド 水辺のリバーサイド
レジャーもリバーサイド Oh, oh, oh, リバーサイド
リバーサイド リバーサイド

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「川沿いリバーサイド」とは何だろうか。リバーサイドとは川沿いだ。その前の「金属のメタル」も金属はメタルである。さらには「水辺のリバーサイド」「食事もリバーサイド」「レジャーもリバーサイト」ラストは「オウ、オウ、オウ、リバーサイド」。ふざけてるのかもしれない。

陽水が歌えば、この無意味な歌詞は、大人の意味のない毎日の果てにある情感みたいなものを滲ませる。この「リバーサイド」の意味を消失させていく構成は、連呼とともに心地よく機能して、思い出の細部が混じりあい一つの言葉に集約されていく様子を描き出していて素晴らしい。無意味になっていく虚しさがいい。

だが、汚いおっさんがホテルの歌を歌うと、生臭い不倫関係の匂いまで漂ってくる。さらには過ぎさりしバブルさえ想起させる。43のおっさんが汗を流しマイクを握り「川沿いリバーサイッ!」と渋く決められた日にゃ哀愁さえ漂ってくる。

そんな雰囲気もぶっ壊すやつが現れるのが、おっさんカラオケ。

「ベッドの中で 魚になったあと」

と歌った後の常務のヤジ。

「ヘイヘイ、奥さんマグロだろ!」

Maguro

その一言でその日の無意味さを痛感した。

text by 副編

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2004年10月19日 (火)

グレープフルーツちょうだい

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今、俺は10回連続位でこのアルバムの一曲目『グレープフルーツちょうだい』を聞きつづけている。
ノイジーで危険な音、うなるレスポール、囁くような不気味なボーカル。

危険だ・・・そろそろ頭の中が覚醒してきたようだ。
自分の中のロックに対する感覚が壊れていく。
例えば『ミッシェルガンエレファント』を日曜日の朝に聞いちゃう感覚だろうか。
まるで爽やかなクラシック音楽でも聞くかのように。
まあ、朝から『ミッドナイトクラクションベイビー』は無しだろうが・・・
それほどこのバンドには不気味な魅力があふれている。

ベスト版の一曲目にこんな曲をもってきてしまう感覚、
商業ロックに完全に背を向けたかのような開き直り方、

最高だ。あんたら最高だよ、ゆらゆら帝国。

text by 編集長


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