映画・テレビ

2011年1月10日 (月)

バカのふりして自己肯定。SEIYU「KYでいこう!」

と、いうことで、年末から正月にかけてのCMのモヤモヤを吐き出してみた。あんまり共感は得ないとは思うし、怒られるのは目に見えているが、個人的にはだいぶスッキリである。

あとは、SEIYUのことを書いておきたい。

Kyde

「KYでいこう!」キャンペーンのこと。過激な表現は追い込まれた証だな。この業態そのものが感じてる危機感と言っていい。地域最安値を目指すらしいが、ライバル店を壊滅させるのが先か、出入り業者に自殺者が出るのが先か、という勝負をしかけてきた。

たしかに、安いは、うれしい。

でも、安いものが買いたいのではない。しかたなく、安いものが買いたいわけだ。同じようで、違う。安さは、庶民への金銭的な脅迫だと思う。農家の野菜を買いたたいて、誰もがいい気持ちのするものではない。安いということを訴えるときに、全肯定できない罪悪感を残してほしいのが人情だ。

危ういな、というのが第一感。持ちつ持たれつ、という古き良き日本の商売を講釈するつもりはない。競争社会だからね。せめて生かさず殺さずぐらいにしてくれよ。業者にハゲが増えるくらいならいいが、死人が出たら笑えないから。

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こういったベタな値下げ商法そのものに、これ以上とやかく言うつもりはない。文句をつけたいのは、広告の手口。反発を受け流す広告をしていること。

「KYでいこう!」は、いこう!と誰かを誘ってるふりをして、いこう!と自己肯定をしている。消費者だけでなく同業種のライバルや卸業者に向けて放つメッセージを兼ねてるから、批判は分散して届かない。このあいまいさが、批判のクッションになっている。KYは「価格やすく」の意味ですから、というアホっぽさを隠れ蓑にした逃げ道まで作ってる。

さらに、こういう過激な広告をやるときって覚悟の上だから、たいていの批判は「想定内だ」とか言って受け付けないから、タチが悪い。ちんけな悪だくみだよ。

KYでいこう!

それが、いいわけないだろう。正気になれ。

こんなの値下げが業界からどう見られるか不安だから、自社を肯定するための旗印だろ。安くしたいのは、単にライバルをダシ抜きたいからだ。「価格安く」は客向けで、「空気を読まない」は反感出そうな流通業界向け。やってることは自由競争で別に悪いことじゃないのに、まぜこぜにしてアホなふりして言い放つ魂胆が嫌い。安さの功罪の「罪」の正当化に見える。世間に罪悪感の共有をせまるな。

「今年は業界の空気を読まず激安に挑戦して行こう(笑)」って、社長の朝礼レベルのブラックジョークだ。社内報にでも載せておけ。

Ky

社内のアジビラを世間にまくな。

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2011年1月 7日 (金)

世界にひとつのクソCM。日清カップヌードル

天気予報が雪の日は、雪だるまのマーク。吹雪の日は、その雪だるまが斜めになる。視界ゼロの吹雪になると窓の外は灰色で、今日は曇ってるな、と錯覚する。でも、外に出たらエスキモーのいないアラスカ。毎年、この季節になると思うな。こんな土地に人間は住むべきではない。

さて、カップヌードルのCM。安心したよ。今年も相変わらず、日清はクソである。

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ついに墓まで堀り返したか。CM第5弾は禁断の死人に口無しバージョン、フレディー・マーキュリーの登場である。没後20年が起用理由であるっぽい。もうね。なにをかいわんや。あまりにひどすぎて何も言えなくて無視してたら、勝手にシリーズの続編つくって好評偽装か。

こんなCMつくって内輪で大ウケしている底が知れたクソ連中。数少ない大ウケをすくいとり、絶賛だけを報告するクソ野郎。それを鵜呑みにして、次回作にゴーサインを出すクソ組織。みんな集団心理が働いて、引くに引けないだけだと思う。でも、どんなクソだとしてもそろそろ罪悪感の芽生える頃だろう。

聞こえてるんだろ。仕事だと割り切って押し殺してきた良心のささやきが。

世界的な有名人にこんなことしていいのかな。ファンは怒ってるだろうな。ファンじゃないけど、ひどいことしてるのは気づいてるんだよな。没後20年って言っても、故人をいじるのはまずいよな。カップめんの広告でやる必要ないよな。じつは好評より、はるかに悪評のほうが遥かに多いんだよな。売り上げ落ちてるけど、もしかしてCMのせいかな。笑ってくれるのは、周りの人だけだよな。

でも、必死で耳をふさいでるんだろう。どれだけイメージの負債がたまっているのか、日清は知らないふりを続けている。多重債務者の心理に似てる。

そんな罪悪感に押しつぶされずに、ぜひ今年もこのシリーズをつくりつづけて欲しいもんだ。このまま悪評人口が増えてったら、「あのボンジョビがCMに!!」や「あのフレディーマーキュリーを起用!!!!」とかいう好評偽装が発覚する日も近い。秩序は放っておくと無秩序へ向かうだろう。エントロピー増大の法則である。

ここまできたら、もはや楽しみである。今年いっぱい続けたら、マスコミが作った好評偽装のカタストロフが見られるかもしれない。不買とか、おきるかも。

Tslate

立て直しは、ムリである。

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2011年1月 6日 (木)

グーグルはCMで何がしたいの?

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たのしくて、かわいくて、いいじゃない。と思っていたんだが、美大や美術専門学校のアーティスト志向のバカが卒業制作でやりそうなネタを毎回見せ続けることにどんな意味があるんだろう、と最近は思う。グーグルのCMである。

毎回「3へえ」くらいの感想を持たせてくれて、目ざわりでもなんでもないんだが、だいぶビジネスに組み込まれた大人になったからか「だから何?」と素直に感動できない。普通の人がぜったいやんないアーティスティックなことをCMで見せつけてくれるんだが、どうしてテレビでおしゃれな見世物やってくれるんだろうと思う。

CMの最後は、
「Googleで、もっと」
とだけ、言っている。わからん。
いや、もっと使ってほしいのは、わかるんだ。

でも、たかが検索エンジンである。そんなことしねえよ、そこまでヒマじゃねえよ、と心のどこかで思っていまうわけだ。こーゆー企業にとって、先進的イメージを保つことは大切なことだと思うけれど、アーティスト感あふれるオシャレ臭い世界に、疲れてくる。ケータイのまるで使わない機能を、大々的に宣伝されているような他人事感。おっさんだからかな。

そしてこれは非常に個人的な意見かも知れないが、飾らないシンプルなトップページが好きだった俺にとって、googleが急に気取り出したようで苛立ってくる。簡単に言うと「グーグル調子こいてきたな」である。クリエイティブな美的感覚もいいけどさ、本来の魅力って機能美じゃなかったっけ。

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こんなこと、たのしそうだけど、
やんないし、やりたくもない。

ムダを省いてきたGoogleが、ムダを増やそうとしているように見えるわけだ。アートに偏ると、イメージのバランスが悪い。ソフトバンクのターゲット多彩なCMに見習うべき。テクノロジーに、ぬくもりをくれ。

なんだろうな、この気持ち。スッピンでもかわいかった子が、ケバくなってるとガッカリする、あの感じに近い。よけいなお世話なんだろうけど、あーあ、って思う。

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2011年1月 5日 (水)

ファミマ30周年CMに、OASIS「Whatever」はアホ。

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新年で最もマヌケだったCMは、だんとつでファミリーマートだった。今年で30周年なんだってね。節目を迎えての所信表明CMなわけだが、のっけからひどい。

「日本生まれのコンビニをつくろう!」

と、いう文字がどーんと入るわけだが、背景にかかってる曲がOASIS。なんの冗談だと思ったよ。しかも、イントロを聴いて「Whatever」だと分かった瞬間、笑ったな。家族はポカンとしてたけど。

ファミマにとって世界でも10本の指に入るであろう不適切なバンドを抜擢し、その中から出来るだけ不適切な曲を選び抜き、しかも過去に国内のCMで使い古された曲であるというオマケ付き。新年に意気揚々と初詣に出かけたら、おみくじで大凶を引き当て、しかもいつの間にか財布を落としており、帰ろうとしたら犬の糞を踏んで階段から転げ落ちたような年始の不幸だ。

いくつあるかわからない「重層的なマヌケ」を解剖してみたい。

・まず、冒頭でふれた「日本生まれの…」という文字に
 合わせてコテコテの洋楽が流れるという冗談。

・「お客さまの期待を超える商品をつくりたい。」
 「みんなの毎日を支える社会インフラになりたい。」
 と言っておきながら、
 曲のタイトルは「Whatever(どうでもいい)」。

・歌ってる歌詞をよく聴いてみると、
 I'm free to say whatever I
 Whatever I like
 If it's wrong or right it's alright
 (俺は何だって言えるんだ
  何だって好きな事が
  いい、悪いなんて関係無いんだ)

・しかも「Whatever」は2009年に
 「アサヒオフ」のCMで使われたばかりなのに、
 日本人が好きな洋楽だからの一念で
 もう一回いけるだろうと思う浅はかな魂胆。

・さらに「これからも、ずっと家族のように。」
 というファミマのメインメッセージは
 OASISというバンドの解散原因「兄弟喧嘩」と
 絶妙なコントラストを見せている。

・そしてなりより悪行・暴言のロックンローラー
 OASISが「みんなとファミリー」ファミリーマートの
 CMに使われるという根本的な冗談。
 彼らのお騒がせエピソードは数えきれないが、
 「オアシス ボンベイ・ロール」
 で、検索してもらえれば、だいたいの悪さの程度が
 ご理解いただけると想う。
 
何層にもわたって重ねられた比喩は、オアシスファンにだけわかる冗談になっている。誰がファミマをだましたのか知らないが、お正月から楽しいCMをありがとう。

きっと、ファミマにクレーム電話を入れてもムダだろう。たぶん、コールセンターは何と訴えても一言で電話を切るだろう。それは、アメリカ人が最も不快な言葉ランキング1位に輝いている単語だ。

「Whatever!」

Oasis

昨年No.1糞映画「BECK」の主題歌がオアシスだったから、勘ちがいした可能性が高い。オアシスって、、そんなカワイイもんじゃないよ。

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2010年12月 9日 (木)

最近のこと

海老蔵の記者会見が終わった。結果としては海老蔵の勝ち。知りたいことに答える記者会見ではなく、海老の言いたいことだけを言う謝罪会見になったわけだから。誰が負けたのかといわれると、テレビは視聴率を稼いだから、負けてるはずはない。

だが記者会見の限界は見えた。記者会見の「記者」って何だろうな。正しくは芸能リポーターの予定調和会見である。茶番以下の見世物。海老蔵には仇討ち&お家騒動を元に現代歌舞伎に仕立て上げて、「海老蔵忠臣蔵」でも作ってほしい。年末に討ち入れ。

さて、最近のCMである。

相変わらずジョージアは、浅はかに金を使う。ダウンタウンのエメマンバトルCM。明日があるさ、から10年経ったことにも驚きだが、そのセンスの劣化は甚だしい。吉本が「エメマン派」と「微糖派」に分かれバトル 。誰が興味あるんだ、そんなの。

世間の吉本に対する温度は、そこまで高くない。ダウンタウンの勢力争いとその金魚の糞の物語。お茶の間より芸能界というものを意識した軽薄なCMを作りつづけることがジョージアのアイデンティティになりつつある。今回も「ああ、またジョージアが芸能人で遊んでるよ」と思った。エンターテイメントの底が浅い。

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「明日があるさ」から10年、ジョージアにもう明日はない。

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2010年11月12日 (金)

時代おくれの肯定。氷川きよしの「白鶴まる」

えんや〜まぁ〜るぅぅ〜。

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お、威勢がいいじゃねえか。こんなポーズが似合うのは世界ひろしといえど、きよしだけ。白鶴「まる」の氷川きよしCMである。演歌のリズムにあわせて、細身の身体をしならせながら白鶴を差し出すきよし。パーにしたあの手が効いてる。バックに「まる」のでっかい旗がひらめく。演歌の大仰な舞台観が、CMの世界観にうまく利用されている。

氷川きよしと「まる」はぴったりハマっている。白鶴「まる」は25周年を迎えるそうだが、最高のパートナーを見つけたな。きよしがこの歌を歌うだけで、もう漁村を飛び出しても「まる」のCMだとわかるだろう。なんでこんなにハマるんだろう。どうしてきよしは漁村がこんなに似合うんだろう。商品ターゲットが同じだからだろうか。観ていて、当たり前のことにハっと気づく。

そうか。演歌って、日本酒のあるライフスタイルなんだ。

演歌ばなれと日本酒ばなれは近い。とくに日本酒は安酒にしぼるとさらに深く結びつく。時代おくれでありながらも、時代おくれを肯定する美学が、どちらにもある。相撲、笑点にも言えることか。矢崎滋→ともさかりえの流れで困惑したが、これは当然のキャスティングなんだな。逆に言えば、演歌の似合う人を出してれば、間違いはない。日本酒は決してブームにならない。演歌と同じく「生き方」そのものなんだから。

にしても、氷川きよしには観ているだけで幸せになるオーラがあるなぁ。今の時代、演歌と真剣に向き合おうとすると、若者はどうしてもマヌケになる。しかしそのマヌケが、おばちゃんたちの愛される理由になっている。つけいる隙がある、と言い換えてもいい。「かっこいいー!」というよりは「ういやつ、ういやつ」という目線。目下の者に対しての寵愛。韓流スターの愛され方とちょっと違うだろう。自家製のつけものを喜んで食べてくれそうな感じがする。この「ういやつ」種のいちばんゴージャスなのが「石川遼」だろうか。

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えんや〜ま〜る〜

えんやまる

おいしいまる

えんがある

えんやまる

まぁ〜るぅ〜

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歌詞も酔っぱらって歌いたくなる適度なマヌケぶりである。15秒でこのヨのせちがらさを忘れる名曲だと思う。日本酒ブームを取り戻そうとするムダな力が入っていない。離婚目前のダルビッシュに聴かせてあげたい。今年の数あるCMソングで、イヤなことを忘れられて一番好きな曲である。ただトシなのかもしれないが。

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2010年11月 9日 (火)

エグザイルは、複合型商業施設。

ブログで好き勝手なこと垂れ流すなよ、と怒る人がいる。批判するくらいなら観なけりゃいい、と怒る人もいた。怒る価値があるんだな、と受け止めたら、さらに怒られた。俺、怒られてばかりである。ほとぼりが冷めたので、また垂れ流す。


ブログを見張られている間、「世界バレー」が始まっていた。今年は、脱税戦隊エグザイルがプレゼンを勝ったようだ。ひとりひとりのバラ売りで、なんとか名前を覚えてもらおうと必死になっているエグザイルと、ジャニーズより安くて人気あって扱いやすいタレントいないの?というテレビ局の思惑が重なったんだろう。


近年、エグザイルは、どんどんジャニーズ化している。と、いうよりジャニーズと戦うために、じっくり力を蓄えている。DA PUMPの二の舞にならないように、慎重に積み重ねているんだろう。


「最近、もうかってるそうじゃない?」


「イヤイヤイヤ、ぜんぜんっすよ。
 ジャニーズさんほどじゃないっす。
 うちらはアイドルじゃないんで
 それほどでもないっすよ。」


と、見せかけておいて、じわりじわりとジャニーズ化。冠番組やCMや演劇や下部組織まで。しかも、ジャニーズの高止まりしたギャラに対して、反感が増している機運をうまくつかんでいる。ドラマの主役をつかんだら、もう追いついたと思っていいだろう。いやはや、策士である。「大手に負けない組織づくり」という意味で、サラリーマンにとって参考にすべき生き方がある。


中小企業が大組織に立ち向かうには、特定領域ではエキスパートで、先端技術の一部では浅いながらも対応可能なスキルセットを持つことが必須だと言われている。まさにエグザイルさんを見ているようである。大手百貨店ジャニーズと複合型商業施設エグザイルの差を見ているような感じ。生き残るビジネスである。男にとっちゃ、どっちもくだんねえ集団だがな。


バレーの話もしとこう。

今のところ、バレーは興行になっている。見世物である。そこは全然、悪くない。よくここまできた、というべきだと思う。ジャニーズやエグザイルなどの香具師を使って、効果的に裾野を広げた。バレーの興行化を危惧する声もあるだろうが、女子バレーのことだけを言うと、いいことだと思う。VリーグにジャニーズJrを派遣するべきだとさえ思ってる。


視聴率至上主義だ!と怒る人がいると思う。でも、女性は元来スポーツなんて興味ない。コンサート感覚で観れるスポーツにしてしまうことが、今のところのバレーの成功。嫌悪感の正体は、テレビ局がいつものように視聴率だけをもくろんだ商業主義が見え隠れしてるだけだと思う。


だって、本当に人気を上げたかったら、強くなるしか方法はない。スポーツにおいて、強さの持続が本当の人気である。ジャニーズやエグザイルに頼るなよ、という理屈は、強くなってから言えること。バレー協会に問われているのは、私腹を肥やさず、強化費を効果的に使うことだと思う。エグザイルとジャニーズの競合をうまく利用して、Vリーグを盛り上げることもできるはずだ。俺は決してバレーは観ないが、この方針は指示してる。


Exile

テレビにとってエグザイルとは、
ジャニーズのアウトレットである。

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2010年10月21日 (木)

「モバゲー&グリー」は第二のパチンコ

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どんどんビッグタレント投入してるな。怪盗ロワイヤルだかなんだかしらんが、モバゲーのCMにとんねるず木梨起用。グリーもタレントCM連発だ。のさばってきたな。やれやれである。


いろいろ言いたいことはあるが、
まず、モバゲーやグリーと言った、
いわゆるソーシャルゲーム商法の
悪の基本をおさらいしよう。

ごぞんじだと思うが、一応ね。


その1「無料詐欺」

最初は課金せず、無料で遊べて特典をくれるほど。ゲームに熱中してきた頃に、アイテムがなければほとんど進展不能になる。アイテムは課金制、後払いで購入可能。パチンコ屋でATMに行くような行動がショートカットされているから罪悪感なく実にスムーズ。「詐欺」とは言い過ぎでしたか。


その2「招待制度」

友達を招待すると、ポイントがもらえる。ポイントでもっと遊べる。よくよく考えたら、ねずみ講みたいでしょ。しかも、気の弱い人は、招待してもらったから辞めることもできなくなる場合もあるらしい。そのうち、何人紹介したらランクが上がるマルチ商法に発展するかも。もうそう言っても過言じゃないかもね。「マルチ」とは言い過ぎでした。


その3「仮想通貨」

ゲーム内のポイントは、架空通貨である。他のサービス・物品の購入に当てられる。パチンコの景品交換所みたいなもんだ。今後、ケータイゲームにクレジットカード決済がついたら、もっと悪質。ケータイで借金まで出来るようになるんだから。言い過ぎました。パチンコのほうがまだマシですね。


『無料のケータイゲームが大人気!』


と言えば聞こえはいいだろうが、


『パチンコとマルチを組み合わせたような商法が大人気!』


というのが実態だと思う。だから、パチンコのCMが減っていく中、ケータイゲームのCMが増えていくことも必然なわけだ。みんな、こんなことはうすうす気づいていると思う。


お父さん、お母さん、あなたの子どもは大丈夫ですか?


と、心配したくなるが、先手を打たれたのが、最近のグリー&モバゲーのCM。どっちも「大人がケータイゲームなんてやんないっすよね」「え、やってるの」という展開。すでに、ガキ相手の地ならしが完了し、いよいよ高所得者層を狙ってきた感じだ。大人になったらゲームなんてやんなくなると思ってたけど、今の大人ってやるもんね。よく考えられたシステム、というか手口だなあ。


こんな会社にとって、ほんとうにCMって大事なんだよな。たっくさんCMやってんだから悪い会社じゃないだろう、という架空の安心は、消費者金融でぶっこわれたと思っていたが、こんなところにまだ蔓延してる。まだ、だまされる人がいる。テレビCMって、ほんと凄いなあ、と実感するよ。


ゲームの質については、何も言わない。ただ問題は、「無料といいつつ課金制」と「マルチのような友達紹介システム」のアクドサを、大量のCMでごまかしていること。そして、テレビ局はそれに気づいていながらもたくさんCMやってくれるからお目こぼししてること。気づいたほうがいいよ、CM出演タレントも。


ケータイゲームか。

おもしろいのかも知れないが、商売としてだんだん汚くなってきた。大げさかも知れないが、課金システム改善しないと、子どもにパチンコさせてるようなもんだと思う。子どもなんて、アイテムなんてバンバン買うぞ。なんか起きるのは目に見えてる。はやく動けよ、国。

Nodaseiko

今回は、当たり前のことばっかり書いたと思う。でも、言い過ぎてたら、ごめんね。

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2010年10月19日 (火)

松本人志がまた映画をつくるらしいね。

また映画ファンとお笑いファンのややこしいヒヒョー合戦が始まろうとしている。

映画館で見たいのは、映画である。お笑いではない。

というのが、一般的だと思う。でも、ダウンタウン松本は芸人として、映画をつくっている。このめんどくさい構造は、今だに状況をややこしくしている。「お笑いは映画館で見るべきものか」という違和感。松本映画の問題は、現状はここらへんを漂っていると思う。おもしろい、おもしろくない以前のわずらわしさ。映画館に、お笑いを観に来ている客は少ないのに。

映画とお笑いは違うんだよ。という人がいる。
だが、「映画らしさ」って何だろう。って、考えてしまう。

人気俳優、有名女優、巨匠監督、あっと驚くラスト、感動のストーリー、社会風刺、これは実話です。などなどを楽しむのが映画館である。どれかが入っていないと、映画じゃないと言ってもいいくらいである。松本監督は、この要素が少ない。映画じゃないみたいな映画だから、映画としてヒヒョーしてもコントとしてヒヒョーしても的外れになる。実験的作品というのは、映画監督として直接ダメージを受けないもんなのだ。だから、どれだけ攻撃しようとしても、今はムダ。

次回作は、本人が出ないらしいね。ダウンタウン色が消えて、これで少し映画っぽくなるのかな。だとしたら、映画としての感想のもちようがある。

あえて褒めるところを探すなら、映画にのぞむ姿勢とかしかない。松本作品の「俺がふつうの映画つくっても、面白くないだろ」という精神には賛同できる。けど「こうしたほうが面白いだろ」にはまだ賛同できないレベル。根っこの精神だけは応援できる。世の中に迎合するおしゃべりクソ芸人の品川みたいな松本なんてみたくない。

2作品重ねてきて、ヒヒョーすべきテーマだけははっきりしてきた。

映画として観てもらえていないというジレンマを解消できるか。

であると思う。早くカンヌとかとってくれれば、ファンも、取り巻きも、芸能界も、本人も、みんなが楽になれるのになぁ。映画として観てもらうためには、松本を知らない海外からの評価は不可欠に思える。

松本と言えば、この前、「NHKのプロフェッショナル仕事の流儀 松本人志スペシャル」を見た。「松本はこの状況さえも笑いに変える」「この間、松本は瞬時にネタを見つけ出した」「渾身のボケだった」などなど、ナレーションがとにかくバカにしている。「松本人志のコント MHK」よりも笑えた。取り巻きのイエスマンぶりは切なさを醸した。否定したら即、仲間はずれにされるんだろうな。NHKが半年かけて作った泣ける傑作コントである。ちょっと泣きそうになった。

次回作の話題を盛り上げるために、松本ニュースは続くだろう。こんなふうに、また松本人志のことを考えさせられるシーズンがきたんだなぁ、と実感する。天才ではなくても、天才であってほしいと思うのがダウンタウンを観て育ってきた世代の気持ち。いずれにしろ、映画監督になりたくて下積みを続けてきた人に対して、天才ぶりか無能ぶりかをはっきり示す立場にあると思う。作り続けて証明しきってほしいもんだ。

作品うんぬんをのぞいた話で言えば、映画で売れなかったら売れなかったって、自分で言えないところがきつい。誰も言ってあげられる人がいないことが、もっとつらい。親友とかいないのか。

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2010年10月18日 (月)

インパクトのインフレ「auのレディガガ」

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冗談で、レディガガでも起用しないと、なんて言っていたら、本当にレディガガ出してきますか。偶然とは怖いもんである。ともあれレディガガを民放CMで見れるのは、うれしい。めったに見れない眼福がある。ただ、イメージのインフレが心配だなあ。

ボルト、そして、レディガガ。つまり手アカのついていない現役の世界的有名外タレ路線。この流れから、水泳のマイケル・フェルプス、バイクのロッシあたりに手を出して行くと、もはやビッグネームのスケールだけの無意味CMが完成する。メッシなんて論外だ。ここらへんで、スタートダッシュはそろそろ潮時じゃないか。じゅうぶん驚かせた。休みなよ。

アンドロイドを待て!のタレントとして「ドラえもん」くらいまで緩く舵を切れると楽になれるんだが、スピードですぎてて曲がれないだろうな。実際にレディガガがau使ってるわけでもないし、auを使ってるシーンがあるわけでも、コメント寄せてるわけでもない。しょせん出オチCMだから、話題の初速は早いが持続力が期待できないもんだ。

ニュースをのぞくと「auの攻めの姿勢」なんてものが取りざたされているが、ボルトやガガは絶対すべってはいけない、という恐怖感の裏返しからくる安全パイ。カネにモノを言わせた守りのCMだ。「ノーボーダー」「フリーダム」で全世界を目指したカップヌードルが、イメージのインフレを起こしたように、「未来へ行くなら」なんて、でかい風呂敷を広げた後が怖い。攻めなきゃいかんのは、むしろこの後。

auは、まだ見当つけないで、でっかい爆弾を適当に落としている段階。つくりたい未来や戦うべき敵がまだ見えにくい状況。アンドロイドを待たせておいて、さあどうする?

個人的には、ケータイはもう十分、未来を示したと思う。新しい機能が出てもさほど新しさに驚かないだろう。みんな未来に飽きている。未来が過去になるスピード早すぎて、わくわくする気力がわいてこない。どうせまた新機種でるんだろ、という感覚におそわれちゃう。ケータイが示す未来なんて、今や使い捨てのインスタント未来なわけだ。

ケータイが世の中をつまんなくしたことも、ケータイ会社はちゃんと見つめてほしいな、と思う。テレビが見れるようになったけどさ、家に急いで帰る楽しみとかなくなった。ケータイいじって親子が会話しないのって、さみしい未来だなって思う。そろそろ、未来や便利の揺り戻しが起きてるような気がする。影をひっくるめて光を見せてくれないと、ケータイの未来なんて、広告がつくいつもの明るいウソでしかない。

ドコモの渡辺謙が漂わす切なさは、そこらへんをちょっと意識していると思う。

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