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2010年9月24日 (金)

悪口じゃないんだからね。

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なんでタレントCMの悪口が多いのか。

と、よく聞かれる。その場ではめんどうになっててきとうにかわしてあいまいなへんじをしながらうやむうにしている。でもいつも、心の中でちゃんと答えはまとまっているんです。

CMには、有名人の意味が端的に、濃密に、つめこまれてる。

大企業がベタなブランド価値を求めるときに重宝されるキムタク。筋肉の世界にしか生息できないケインコスギという生物。仲間由紀恵のスキャンダルのない悲しい年の取り方。モーニング娘たちのその後の明暗。クリエイターたちの瑛太への寵愛。蒼井優の敵をつくらない人気の上がり方。ある日突然始まる数十秒に、その人が現在おかれている人生が現れては消えてゆく。業界人の意味を読むときに、これ以上楽しい素材はない。とくに新製品が出ては消えるケータイや発泡酒のCMに起用されるタレントには、浮き世のエレジーさえ感じる。

で、企業が消費者と手をつなごうとするときの気持ちも見えて、さらにおもしろい。スマップの起用でもはや成功したと勘違いする消費者をなめた態度、仲間由紀恵クラスを使えば安っぽくならないと信じているアホさ加減、今絶賛の芸人を起用して先駆けた気になってる頭の軽さ、かわいいキャラクターつかってれば誰にも攻められず人気が出ると信じ込む単純さ。人気があるから、という理由で思考停止の宮崎あおいや上戸彩起用。そして、それらがつまんないことに気づいて、精一杯の抵抗を試みる心意気。

有名人ばっか使うと、日本人だけの究極の内輪ネタでCM文化が後退すると思っている人もいるが、そんなことはないと思う。木村カエラや反町のようにメディアと同じ文脈で使ってもインパクトは皆無だが、藤岡弘や沢口靖子のような新しい意味を発見できれば可能性はまだまだある。CMがテレビをおもしろくすることだってできる。

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そうして作られたタレントの野心や企業の期待をぎっしりつめこんだ15秒は、テレビ番組に戻ると瞬く間に忘れられる。

その儚さがいい。映画のようにDVDに残ることもない。音楽のように繰り返し聞かれるものでもない。テレビ番組のように好き嫌いを語るファンも少ない。小説のように一生の友にもなることは決してない。評判が最悪なのにシリーズで続けられることが決まっている重い宿命を背負った仕事もあり、一週間で死ぬ運命を背負った蝉のように決死でわめく熱い命もある。

その命の短さが美しい。たった15秒の、すぐに忘れられてしまうわずかな時間を、記録しておきたいという気持ちがわいてくる。誰かが一生懸命つくったから、覚えておいてあげたいとかいう気持ちは全くない。ただ、CMには、子どもが大きくなって飽きられて捨てられる、おもちゃのような哀愁があると思う。

だから、多いのはCMの悪口ではない。エールである。
なので、直メールの抗議とかは勘弁してください。

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