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2010年9月25日 (土)

自殺と季節について

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暑い、暑いといらだちをぶつけていた気温が、
急に冷たくなっていた。
これはこれで、なんだか寂しいものである。
いつもけんかしていた友達が
急にどこかにいってしまったような切なさがある。

ただいま札幌は11度。
外を歩くと数字以上に秋を感じて
メランコリックになる。

テレビをつけるといつも明るい世界が輝くけれど、
その明るさの理由はなんだろう。
関西弁だろうか。
陽気にぐちるというのは
関西弁ならではの力だ。

たとえば、ちょっと切ない詩でも、
関西弁にしてみたら、明るくなるような気がして
草野心平の詩を大阪弁にしてみる。

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「秋の夜の会話」


さむいね。

ああさむいね。

虫がないとるね。

ああ虫がないとるね。

もうすぐ土の中やね。

土の中はいややね。

自分ガリガリやね。

君もえらいガリガリやね。

どこがこんなに切ないんやろね。

腹ちゃうかね。

腹とったら死ぬんちゃうかね。

死にたないね。

さむいね。

ああ虫がないとるね。

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切なさそのものは変わらんが、
へんなおかしみが奇妙なあたたかみにかわる。
では、もっと切ない詩でもいじってみよう。
吉原幸子なんてどうだろう。

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「無題(ナンセンス)」

風 吹いとる

木 立っとる

ああ こんなよる 立っとるんか 木

風 吹いとる 木 立っとる 音しとる

よふけの ひとりの 風呂場の

せっけんの泡 かにみたいに吐きだす にがいあそび

ぬるいお湯

なめくぢ 匐っとる

風呂場の ぬれたタイルを

ああ こんなよる 匐っとるんか なめくぢ

おまへに塩をかけたるで

するとおまへは おらんくなるくせに そこにおる

  おそろしさとは
  おることか
  おらんくなることか

また 春がきて  また 風が 吹いとるのに

わたしはなめくぢの塩づけ  わたしはおらん

どこにもおらん

わたしはきっと せっけんの泡に埋もれて 流れてしまったんよ

ああ こんなよる

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暗い感じは残るが、なんだかおかしくなってくる。
しかも女の関西弁はへんに色っぽくなっていかん。
こんどは男の関西弁のごつごつした感じをためしてみる。
へびに飲まれて死んでいくカエルの話。
草野心平の大好きな詩。

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「ヤマカガシの腹のなかから仲間に告げるゲリゲの言葉」


痛いのは当り前やろが。

声たてるのもしゃーないやろ。

めっちゃ食われとるんやで。

わしはぜんぜん泣いとらんがな。

遠くでするコーラスに合わして歌うたるがな。

泣き出してもしゃーないやろ。

みんな生理のお話やないか。

どてっぱらから両脚はグチャグチャ喰ひちぎられてしまって。

いま逆歯が胸んところにめっちゃ突きささっとるが。

どうせもうすぐ死ぬんやないか。

みんなの言うのを笑ひながして。

こいつの尻尾に喰らひついたわしが。

ベタなほど当り前にこいつに喰ひちぎられて

ベッタベタにはっきり死んでゆくんや。

後悔なんてもんこれっぽっちもあるかいな。

泣き声なんてもんは。

みんな安心せえや。

みんな生理のお話やないか。

わしはこいつの食道をギリリギリリさがってゆく。

ガルルがやられたときのように。

こいつは木にまきついてわしを圧しつぶす気や。

そしたらわしはぐちゃぐちゃになるんや。

ふんせやからどやねん。

死んだら死んだで生きていくがな。

わしの死際に君らの万歳コーラスがきこえるやうに。

ドシドシガンガン歌うてくれや。

しみったれ言はなかったわしやないか。

ゲリゲやないか。

満月やないか。

満月はわしらのお祭やないか。

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やっぱり関西弁には、たくましさが似合う。
なんとなくダウンタウンの浜田が浮かんでくる。
ダウンタウンを見て自殺を思いとどまった人がいるのも
なんとなく納得。

貧乏やいじめを苦に自殺するひとがいるけれど、
まわりのせいで自殺を選んだら、
それは他殺じゃないのかな。
と、寺山修司がいっていた。

そして、

じぶんを殺すことは、おおかれすくなかれ、たにんをきずつけたり、ときには殺すことになる。そのため、たにんをまきこまずには自殺もできない時代になってしまったことを、かんがえながら、しみじみとえんぴつをながめている。

とまで書いている。
ひらがなは繊細なことをいうときにやさしい。

なんだろう。
秋は憂鬱になる。
自殺者は春にいちばん多く、
10月にわずかに増えている。
なんとなく、わかる。

こんなとき、吉原幸子の詩に、
なんどなぐさめられたか知れない。

ああ こんなよる
立っているのね 木

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