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2010年4月 6日 (火)

報ステ古館のニュースの筋質

今さらではあるが、古館伊知郎のイヤな感じはどこからくるのだろう。

頭悪くなさそうだから、そろそろ自覚してもいい頃なのにな。と思うのは買いかぶりすぎか。批判的口調とか、偽善者ぶるとか、朝日的反体制気質が肌に合わないとか、思想が偏っているとか、いろいろ多方面から攻められそうだが、ここでは、なんとなく画面に滲み出る「イヤな感じ」というぼんやりとしたものを追求したい。

この人は、つらい人が出ている時はつらい顔をする。うれしいニュースを報告する時は、うれしい顔をする。当たり前なんだけど、強調の度合いが過剰なんだ。悲しい時の眉のしかめ方、体の前でじっと手を組みカメラを見つめる目線、話を聞くときの身体のうつむかせ方、声のトーンの急な落とし方などなど、あらゆる技術を駆使してフルパワーで「つらい」「うれしい」「悲しい」を表現する。つまり、報道が感情なんだ。

そこまでニュースって全力の感情はいらないんだよな、と古館を見てると痛感する。一回、マックスの「つらいんだな」という顔を出しちゃうと、それ以上のものがきたときに、前の「つらいんだな」顔を超えることができない。毎回同じになってしまう。感情の温度差を計ろうとしても、温度計はいつも振り切れている松岡修三状態。

先ほど、カーリングの町「常呂町」を紹介していたが、カーリングコーチに就任した漁師のとったホタテの輝きを力いっぱいほめていた。「ホタテが輝いていましたね」と。その全力ぶりたるや、である。一生懸命が圧倒的な善であることを信じて疑わない、あの感じ。くだけた話題も、全力でくだけきってみせる、あの技術。すべてにワザが見えてしまう、そしてそれに自信をもっている感じが古館のイヤな臭いの臭線だと思う。

誰か心のネクタイゆるめてやれよ、と思うが、あれだけがんばってる古館には何も言えないんだろうな。長年必死で鍛えてきたプロ中のプロに、今まで必死で鍛えてきたその筋肉はいらないよ、とはいえないから。今日も古館は全力である。力を抜く時も全力で力を抜くだろう。つらい生き方が見えてきて、こっちまでつらくなる。

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