北野誠謝罪会見のすばらしき茶番
歴史と伝統が培った上質なホスピタリティを備えるウェスティンホテル大阪で、北野誠が謝った。何について?誰に対して?
「慢心があり、未熟さが出てしまった。」
だから、それは何のこと?
「あらためて発言することによって、むし返すことになり迷惑をかける」
じゃあ、これ意味あるの?
と、問いつめる人はいない。
今回の題名のない謝罪会見は、ネットで流れている予備知識がけっこう正確であることを示したと思う。
そして、
「本当のことは、電波では伝えられない」
ということを、ますますくっきりさせた。テレビには言えないことがある、だから言えないことのほうに興味がいく。テレビがつまらなくなったと言う人がいるが、テレビに映らないことのほうが面白いことに気づいたから、つまらないと思えるようになってきたんだと思う。
こうなると、テレビは「まっすぐ伝わらないこと」を念頭に作っていくしかない。
美味とかお得とか誠意とか努力とか「善きこと」ほど嘘くさく、失言とか犯罪とか脱税とか「悪しきこと」は拡大される。 今だにテレビショッピングの芝居にだまされる人はいない。悪は極悪に、善は偽善に。その真実の原形は残らない。
こういう状況が加速してるから、テレビはどんどん卑屈になって自己否定をしつづける。
「テレビじゃわからないと思いますが、これすごく美味しいんです」
「テレビでは見せられないけど、自衛隊の実力は凄いんです」
「オンエアできないんですけど、楽屋では面白いんです」
「番組では恐い人に見えるけど、ふだんは凄くいい人なんです」
なんだかこればかりも、あまりに芸がない。
こんなことばかりしてるから、結局テレビは「虚」だからつまんない。と言って、ドキュメント番組を礼賛する人が現れる。反対に「虚」でもいいよとありきたりのバラエティーの作られたお笑いを楽しむ人がいる。極端に、二種類の分かれ方をしていくような気がする。もうちょっと意識して虚と実の間を笑って遊んでいいと思うんだが。「ガキの使い」みたいに。
ラジオでは伝わらないこと。
テレビでは伝わらないこと。
ネットでは伝わらないこと。
というふうに、どれだけ技術が発展しても「伝わらない」ほうに魅力は残る。価値がありそうに聞こえる。それは、埋められない真実の余白、つまり想像できる部分が一番面白いからだと思う。ヘアヌードよりセミヌードのほうがそそられる理屈だ。
そういう意味で言うと、北野誠の件は現代メディアをフルに使って、想像力をかつてないほどに刺激してくれた。これからのテレビに求められる評価されるべき「すばらしき茶番」だと思う。テレビというボケが、ネットというつっこみをはっきり認識した事件、と言い換えてもいい。
text by 副編
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