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2008年9月17日 (水)

つまんない日記についての日記3

前回にいつ書いたか記憶がないが、また、つまんない日記についての日記をつけてみたい。これだけブログというものが一般化してくると、なぜ俺は日記を書くのか、と自分と見つめ合っていることに気づかないで悩んでしまうものなのらしい。日記って本来鏡面なんだと思えば、なんてことはない。

王様の耳はロバの耳!と、叫んだ床屋は、現代なら匿名で掲示板にアップするだろう。床屋が投げ込もうとしていたのは孤独であり、求めたのは共有だからして、穴に叫んだところで解消されるものではない。たぶん、どこかにつながっていることを望んでいたはずだろうと思う。

この床屋の叫んだ穴とブログは似ている。個人ブログはストレス発散である、というのは建前で「孤独の発散」というのが正解だろうとニラんでいる。

書くという作業は常にひとりであるからして、孤独である。それが読まれている実感がないとさらに孤独は深まる。アクセス数が少しは解消に役立つだろうが、なんというか孤独の数値化のようで、これまた寂しい話に思えてくる。1日1000アクセスの人が、1日10アクセスの人より喜ぶというのは、誰かが誰かより孤独じゃないことを立証をしているようで、とても寂しい話だ。

もともと手で書く日記は自分だけが見る心の鏡だったんだと思う。でも、日記ブログは「床屋の穴」になっているわけで、なんか自分の日記がへんだぞ、いつの間にか日記が愚痴ばかりだ、という人は、不特定多数の誰かに聞こえるような独り言という逆説的状況に気づかぬうちにはまっている。日記に読者がいる、日記にコメントがつくっておかしいんだから。

「日記」という言葉にとらわれると混乱する。誰かに読んでもらうための日記って変。日記じゃないよそれ、って思う。じゃあ何?って言われても答えを用意していない。無自覚に共感を誘うのと、自覚的に共感を誘うのとではまた違うわけだから。また、後で考えてみます。

ネタが無いと日記を書くのが辛いって言うけど、じゃあ、書かなきゃいいんじゃない。書けない日がある、って言うけど、あるんじゃないの。だから「いつの間にか、日記が愚痴ばかり」と愚痴をこぼされても、困るよ。この逆説的な媒体を楽しまないと、辛いだけだと思うよ。

って、誰に言ってんだか。

Text by 副編

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