« 2008年4月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月27日 (金)

「グレーガンがやってくる!!」の衝撃。

1999australia1

ラグビーは有名なマイナースポーツだからか。いまいち、ラグビートップリーグのサントリー・サンゴリアズにジョージ・グレーガン加入!の凄さがいまいち世間に伝わらない。

サッカーで言えば
「コンサドーレにジダンが来るようなもの」では言い過ぎになるが「ガンバにエムボマが来るようなもの」では物足りない。「レッズにマルディーニが来るようなもの」に近いと思う。プレーよりもなによりも、人としてキャプテンとしてすばらしい。存在が凄い。

さて、豪州元主将を獲得したことで「清宮監督がまた調子にのるぞ」と危惧したアンチ清宮も多いのではないだろうか。このラグビー用語「キヨミヤ」とは、サッカー用語で言うと「腐ったモウリーニョ」と思っていただいてかまわない。一例としてキヨミヤのコメントをあげておく。「日本代表メンバー15人のうち、1人日本人がいればいい」「サッカー選手はメディアに対して、まともに話せない」。そのビッグマウスは、批判的というより卑屈である。

その卑屈さが、ヒールになりきって業界をもりあげるためではないところが悲しい。我が道を行く人、と言えないこともないが「自分がどうして嫌われるかわからない子」のほうが正解だろう。こどもなんだ。あわれみの目をもっていつもみている。グレーガンも我が道を行く人ではあるが、その我が道が広大である。その背中にたくさんの人がついてくる。くらべれば、清宮の我が道は尿道レベルの細さである。思いのままに欲求を垂れ流しているだけなのだ。

汚い話になってしまったので、
グレーガンの素晴らしいコメントで締めたい。

ワールドカップ決勝の延長戦、終了間際にイングランドのウィルキンソンのDGで惜しくも破れたときの、主将ジョージ・グレーガン。

「壮絶な戦いだった。延長戦に突入して、世界最高の2チームがしのぎを削ったんだ。イングランドは本当に素晴らしいチームだ。“おめでとう”という言葉を彼らに贈るよ。彼らはよく戦った。そして私もこの仲間、ワラビーズのチームメイトをとても誇りに思っているんだ。私たちは14対5から盛り返して、延長戦まで行ったんだからね……イングランドのファン、オーストラリアのファン、すべてのサポーターたちに向けて。素晴らしい夜を、どうもありがとう!」

text by 副編

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2008年6月24日 (火)

千の風になったら何する?

Sen

昨日、友達と飲んでて
「千の風になったら、何をするか」という話になった。
お互いにあの歌を最後まで聞いたことがない。

だいたいが「透明人間になったら、何をするか」
と似ている答え。

千の風になって、女風呂に行く。
千の風になって、スカートをめくる。
千の風になって、乳をもむ。
千の風になって、風力発電をする。
千の風になって、エアータオルを強める。
千の風になって、世界中を旅する。
千の風になって、台風に参加する。

原文を調べると、
「千の風になって、
 あの大きな空を吹きわたっています」

と、つまらない感じだった。がっかりである。
だが、

「そこに私はいません、眠ってなんかいません」

という墓を否定するあたりはドキリとした。
さらに

「死んでなんかいません」

と続くあたりは、呪怨のようだ。
恐いから、そこは死んでおこうよ。

あと、気になるのは、
すぐ千の風になるわけじゃなく、
寿命が少しずつ風になっているとしたら、
いま、どのくらいの風だろうか、ということ。

すでにオヒョイは780くらいの風か。
歌丸は800代後半を数年くらいキープしている。
森繁は見た目999.98は風になっている感じがする。

いろいろ御託を並べたが全体的に賛成なのは、
「墓から離れて、どこかに飛び回れる」
という自由奔放な死生観。
もし、千の風になれるとしたら、
自らの死を楽しめる風でありたい。

水野晴郎は1000の風になって、
好きな映画を、思う存分、楽しんでいると思う。

Mizuno

text by 副編

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月23日 (月)

こんな世の中だから、という免罪符。

ひどいニュースがつづくと、「世の中」という単位で嘆く人が多い。つまんない世の中だ。

中国のチベット否認問題、ミャンマー軍事政府のサイクロン、四川大地震の人災、硫化水素ブーム、レッズとガンバの場外乱闘、TBS川田アナ自殺の闇、オリンピック水着利権問題、TVクルーと帰ってきた中田ヒデの目線、i-phoneで始まるソフトバンク型ビジネス、韓国人の今こそ発散抗議デモ、秋葉原通り魔事件と犯人の社会的自殺、岩手の地震、北海道開発局の構造疲労、そして水野晴郎死去‥‥

けれども、ひどいニュースがつづくと「こんな世の中だから」という一言で済まされてしまうこともあるわけで。

こんな世の中だから‥‥

就職できなくても仕方がない。仕事の採算性が悪くても仕方がない。帰りが遅くても仕方がない。学校行きたくなくても仕方がない。結婚する気が起きなくても仕方がない。やる気がなくても仕方がない。人が狂っても仕方がない。

という具合に、どんどん甘い理由をつけることができる。こんな世の中だから、色んなことをあきらめることができる。いろいろとゆるされそうな空気がただよっている。

だからって、ブログを更新しなくていいわけじゃないぞ!と釘を刺された。そうだった。世の中は、世の中だよ。という逆接的な説得もあった。世間の家はそうでも、うちのこずかいはこれだけ!という親の言葉が浮かんでくる。騒がしい世間と無理に同化をする必要はない。そういうことをしてると、無差別殺人の理由を社会的他殺にしかねない。

こんな世の中だから、何ができるというんだろう。あいまいな「世の中」という言葉が流行る要因にインターネットがあると思うのは俺だけか。いま、ネットを介して「世の中は、世の中」という区別をあいまいにして過剰に騒いでいる世の中だと思う。現在の自分のつらさとか責任を「世の中」という言葉に背負わせて、しまいがちだな世の中だと思う。ネットとテレビを観なかった最近、とくにそう思う。

こんな世の中だから‥‥をやめて、こんな私だから、と言ってみる。それだけで結構、前向きになれる。それだけでがんばらねば、と思える。

こんな私だから、更新がとまる。がんばらねばな。

text by 副編

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年4月 | トップページ | 2008年7月 »