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2007年11月 7日 (水)

年賀状だけ、エコを無視?

「どうしたの?最近、更新しないね。」

と1通目のメール。

「そろそろ、更新するんでしょ。」

と2通目のメール。

「ときどき見てるひとの気持ちになれよ。」

と3通目のメール。

「いいかげん更新したら。」

と電話で言われたので更新。

どうして無償なのにここまで追い立てられなければならないのか。同じ言葉を編集長にも贈りたい。利益がからんでくればやる気も出ようと言うもんだがね。

さて、年賀状の新聞広告をみた。
いやはや、もうこんな季節なんですね。

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 年賀状は、
 贈り物だと思う。

 たった一枚の、小さくて、うすい紙。
 それが年賀状です。
 そこには何も入らない。
 指輪も、セーターも、シャンパンも入らない。
 でも、そこには、あなたを入れられる。
 あなたの気持ちを入れることができる。
 だから年賀状はすばらしい。
 そう思いませんか。
 大切な人のもとへ。
 一年で、いちばん初めに届けられるプレゼント。

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「そう思いませんか。」
 
この一言があるとないとでは、天と地ほどに印象が違うと思う。

「たった一枚の」という最小の表現から「いちばん初めに届けられるプレゼント」まで、大きくふくらませていく構成は、まあよくあると思う。宗教の勧誘も大体そうだ。でもその途中で、ふと「メールだってほぼ同じなんだけどね」とか「きれいごと押し付けてるな」と気づいて、

「そう思わない?」

と、折伏の途中でも相手の気持ちを考えられるセンスは好き。洗脳されていない人の語り方。郵便がどうこうより、書いたひとを信頼できる。よくある「いい広告」の世界から、ちょっとはみ出てくる感じに親近感を感じる。無くてもいいという人がいると思うが、私はあるからこそいいと思う。

と、さんざん持ち上げてみたが、嫌なところもある。

郵便にしては目新しい広告だから「年賀状の送受が営利に関わる」ことだと再認識させられた。今まで年賀状を送るときに、どっかがもうけるなんて頭から考えていなかった。結構、もうかるんだろうな。と思うと、一人勝ちの年賀状事業が頭に浮ぶ。純粋に送りたいという気持ちが濁る。いい新聞広告やりだして、急に色気出されても、ちょっとひくわけだ。

今年の年賀状、どうしようかな。
と、地元の友人にメールで相談すると、こんな返事がきた。

「我が家は、貴重な森林資源を守るため、
 年賀状の送付をやめました。」

今年、年賀はがきは40億枚発行。

年賀状は、贈り物だと思う。
年賀状は、環境破壊だと思う。

どう思いますか。

私は正直どうでもいい。

text by 副編

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コメント

TEXさんコメントありがとうございます。
個人の場合は「無駄」と断ずることも可能ですが、会社がらみの年賀状は無駄と知りつつ出さなきゃなんないのが、どうかと思います。エコを叫ぶ法人とか団体が大量に年賀状をばらまくのは矛盾しているような気がします。個人の感情レベルを越えたところで、道具を使う意味を見直す必要があると思います。

投稿: 副編 | 2007年11月 8日 (木) 午後 02時00分

"無駄な"年賀状なら出す必要は無く、有意義な年賀状なら意味はあるのでしょう。一括して廃止できる年賀状であれば、つまりその程度だったということですよ。道具ではなく、その道具を使う意味が決めることだと思います。

投稿: Tcx | 2007年11月 8日 (木) 午前 07時20分

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