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2007年3月 7日 (水)

勝手に地球代表「カップヌードル」CM

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コラボレートには、日本語で「板ばさみ」の意味もある。あちらを立てれば、こちらが立たず。目的がいっしょじゃないから当然だ。でも、あくまでも対等なのがコラボレート。お互いの気持ちのズレを考慮しあえる仲じゃないとやってけない。間に立つ人は大変だろう。なんか夫婦みたいだな。

大友克洋×カップヌードル。この両者の関係は、圧倒的に巨匠のストレスが感じられる出来になっている。「次はどこにカップめんを入れるか?」と悩む大友。「もっとカップめんを目立たせてほしい」と注文をつけられる巨匠。「コラボレートじゃなくて、俺、CM作らされてる?」という思いが何度か頭をかすめたことだろう。毎回、アニメにむりやりねじ込まれる商品が悲しい。もうこの仕事は降りているのかもしれん。

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日清のほうは、というと「若者=カップヌードル」という図式を若者に人気の巨匠に作ってもらったのだからうれしいだろうなあ。普通に頼んだら、カップめんのCM作ってくれないもの。まんまと作らせた巧妙な手腕は旨い。FREEDOM-PROJECT恐るべし。

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CMそのものはどうなんだろう。地球をバックに「FREEDOM」って……日清も偉くなったなあ。「ノーボーダー」の時も思ったが、なんだろう、この勝手に地球代表感。典型的アメリカ人の発想みたいな中心主義。つぶれない会社って感じがするだけだ。

「カップヌードルは若者にとって"自由の象徴"であり、その価値は未来においても普遍である」ってコンセプトらしいが、それを「FREEDOM」にすべて注ぎ込むには、説明不足。メッセージが大味すぎる。最初は安物商品が大げさに見せるギャグだと思ったが、結構マジで地球平和を語ろうとする姿勢が見える。また外国人に「日本は平和ボケ」って言われそう。「これが、自由の象徴だ」って自分で言っちゃうのか。そもそも誰が思ってるんだ、それ。

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原始人CM「hungry?」は、全人類共通の欲望を題材にして、「俺たち世界企業」という日清の欲望もうまく料理した絶妙のCMだったなあ。そこに共感はあった。でも、もうカップヌードルは、俺の生活から遠く離れて、宇宙へ行ってしまった。好きだったのになぁ。FREEDOMかぁ……。自由と言われても、女神と尾崎と全共闘ぐらいしか思い浮ばないよ。広げたふろしきの大きさを、次回作に実感するんだろうな。宇宙の次はどこへ行く?

昔、プロレス議員の大仁田が、戦火に見舞われた災害地の孤児たちといっしょに「ファイヤー!」と叫んでいた。その時と同じようなものを目にした気持ちもある。北朝鮮のニュースの後に「FREEDOM」とやられちゃあ、笑うしかない。まぁ、CMは無視して食べると思うが。

カップヌードル。

受験の時、夜食に食うとうまかった。
酒飲んだ、次の日の朝も格別だった。
夏、海で食った味は忘れられない。

でも、もう個人的感情の入り込む余白が
CMから無くなってしまった。
好きだったのになぁ。

Uetocm

あと、最近はやりの「詳しくはWebで!」。テレビ番組で「続きはCMの後!」と言われて、CMで「詳しくはWebで!」と言われちゃ、もうたまりません。15秒CMはバナ−化していくのか。CMの作りを雑にしているだけのような気がする。そして、テレビとかパソコンとか、画面ばっか見てられない。リンクするなら現実世界とリンクしてくれ。バーチャルばかりだと疲れるよ。

もう酒飲んで寝よ。

text by 副編


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