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2006年1月 2日 (月)

福澤と正月とナインティナイン

 福澤朗をテレビで見るたび悲しくなるのはなぜだろう。新生3のCMを見るたびせつなくなる。野球中継でヒットを打ったランナーが二塁をとばして一塁から三塁へ滑り込み、福澤が「いきなり三塁だ!」とアナウンスする、あのいきおいだけのCM。空元気に見えるのは気のせいか。若いままの役回りでやっていけるもんじゃない、という言葉をひしひしと感じる。帰省するたび、故郷の友だちがつまらなくなっていくのを実感するが、それと似ている。「エンタの神様」での大人目線の苦笑もそうだ。それが大人になったということなんだろうか。

 沈痛なおももちでニュースを読んだり、フリー宣言で大人じみた(立派な大人ですね)語りを披露したあとに、「ジャストミート!」時代の若い勢いを取り戻そうとしても、無理な話なのかもしれない。あれは、そういった意味で福澤にとって酷な仕事であるなあと思う。はじけるたびに昭和色に染まる福澤。過ぎた時間はもどってはこないのだ。あの3のついたメガネから、どんな景色がみえるのだろう。

 と、まあ福澤朗のことを考えながら、年を越した。故郷函館に帰省してるが、ずいぶん寂れたな。よく田舎の歴史ある映画館や銭湯や食堂や酒場で、古いポスターを見て「時がとまってる」なんて想ったりするが、函館は時の流れがとても残酷に爪痕を残している感じ。老舗が店をたたみ、去年できた店が今年もうなくなっていたりする。その店の前で「函館終わってるわ」とため息を漏らす人もいた。活気がないのは知っていたが、なんだか「老い」というものを街から感じるのである。足腰弱ってる感じ。

 年越しテレビは、ナインティナインを見た。火の玉を受け止めたいという企画。くだらなさに一本筋が通っていた。あいかわらず元気である。いい意味で高校の頃みてた時から同じような勢い。年末年始はしみじみしてる場合じゃない、いつまでも火の玉を受け止めようとする大人でありたいと思った。あくまでもニュアンスとして。

text by 福編

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