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2005年3月 6日 (日)

トラック引くなよ、アディダス

アディダス「不可能なんてありえない」のCMを見た後、アディダスのジャージを来たヤクザ風のおっさんを見た。目もとには、薄い茶色のサングラス。首に金のネックレス。手に怪しげなハンドバッグ。極道率98%。たしかに「不可能なんて」この方にはなさそうです。

おっさんを見てると、「不可能なんて」のコピーが、
ヤクザ調で聞こえてくるから不思議です。

ari

★アディダスの広告コピー
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不可能とは

不可能とは
自らの力で世界を切り拓く事を放棄した臆病者の言葉だ。
不可能とは現状に甘んじるための言い訳にすぎない。
不可能とは事実ですらなく、単なる先入観だ。
不可能とは誰かに決め付けられる事ではない。
不可能とは通過点だ。
不可能は可能性だ。
不可能なんてありえない。

IMPOSSIBLE IS NOTHING.
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 この言葉の後に、あのおっさんなら、
「だから、明日までに100万用意しろ、な。不可能なんてない」
とか言ってきそうである。
うーむ。強者の言葉に聞こえてきます。

 もともとこの広告に、素直に感動できてないというのもある。

 もともとアディダスの広告に妙な「しこり」を感じてた。雑誌広告では、モハメド・アリとかベッカムとか(あと憶えてないけど)偉大な(?)スポーツ選手が出てきて「不可能なんてない」を表現していく。ベッカムはともかく、あのアリの娘に言われちゃあ、感動一直線である。でも心のどこかで「アディダスに言われたくねーよ」と思っちゃう。偉大なスポーツ選手を起用して企業広告するなんて、よくあるのにね。なんか、アリの偉業の尻馬に乗った感が凄くする。どうしてだろ。

 例えば、1点負けているサッカーの試合、後半に折り返す間際のロッカールームで「不可能とは‥」と演説ぶたれたらそりゃやる気も出るってもんだ。あの広告を見て、そんな気持ちになるのは、わかる。たぶん「不可能」は、シビアな逆境のときに力を発揮する台詞なんだと思う。アリは戦う対象(試合の相手とか、不利な条件とか、差別とか)があった。乗りこえる試練があった。不可能みたいなこともあった。でも、アディダスが直面している逆境って何?と思っちゃう。
 
  例えば、白血病の芸能人が骨髄バンクの広告に出演するのは、違和感ない。筋が通ってる。両者の出演者と広告主の向かってる方向が一致してる。「骨髄バンクにご協力を」だ。じゃ、「不可能なんてない」というファイティングスピリッツは、アディダスのやる気と一致してるの?

 で、これがその答えみたい。
  看板の前に二人が吊るされて、吊るされたままボールを蹴りあってるパフォーマンス。「IMPOSSIBLE IS NOTHING」って、そーゆー意味だったわけ?

adi2

 おもしろいけどーさー、と思う。耳目を集めるパフォーマンスではあるけど、無理矢理「不可能」をつくり出して、遊んでるだけに見える。アリとかと違うだろ。国内外を問わず「かっこいい!」という賛美者あまたの広告である。おもしろい発想だけどさ。敵がいないもんだから、仮想敵作ってるんじゃない?なんか主旨とずれてるんじゃないの、アディダスジャパン。

 よく比較されるナイキのCMでは、スーパースターがスーパープレーを魅せる。屁理屈なくスポーツの楽しさを教えてくれる。かっこつけ映像満載。でも、押し付けがましいメッセージはない。ノリのいい黒人が「ルールなんて無視してみようぜ。さあ、スポーツだ。楽しくやろうぜ、ブラザー!」と言ってるイメージだ。アディダスのCMは、深いシワを眉間に刻む初老の男が「不可能とは‥」と語り出すイメージ。つまり、アディダスはナイキの逆座標を目指したんだと思ってた。

 でも、やっちゃったんだ、びっくり広告。最近では「IMPOSSIBLE IS NOTHING」という字の入ったトラックにロープくくりつけて、人間一人で引っぱるパフォーマンスをやっている。筋肉番付じゃねーか。

track

 これなら芸人の方がよっぽど「IMPOSSIBLE IS NOTHING」を体現していると思える。日本のバラエティのぶ厚い歴史をひもとけば、お笑いウルトラクイズなんかのほうがよっぽど不可能に挑戦している。ワニに近づく桜金造。サメとたわむれる上島竜平。熱湯風呂、拷問水車、吊るし上げ熱湯しゃぶしゃぶ。ユーラシア大陸横断をはじめとする電波少年も凄かった。芸人にこそ「不可能なんてない」は相応しい言葉である。なかでも「Mr.IMPOSSIBLE IS NOTHING」は、江頭2:50。グループで言えば、電撃ネットワーク。

 アディダス。トラック引き始めたら、もうダメだ。いつか誰かが「これって、前にテレビで見たことある」とか言い出したら、もうブランドイメージは地に落ちる。このままズルズル「広告的おもしろ」を続けても、バラエティ化が進むだけ。吉本興業や大川興業にかなうわけない。「無茶」に関して伝統と歴史で負けている。争っちゃいないと思うが、同じ土俵にあがってるように見える。早めに軌道修正したほうがいいぞ。そもそも「不可能なんてない」というスケールのでかい看板に無理があるんだから、撤回したほうが賢明かも。それも、不可能じゃない。

text by 副編集長

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