2009年9月25日 (金)

そろそろ「こども店長」に引導を。

敬老の日に民放でアカデミー映画「おくりびと」を流していた忌みを考えていた。老いから死への助走に入った人たちはどういう気持ちで観ていたんだろう。また、その人たちに、テレビはどういう感想や表情を期待していたんだろう。敬老の日に、なんど葬式の家庭を観せられたか知れない。そのさまざまな葬の景色が、観ている老人たちの過去の思い出と重なり、近い未来の世界と重なることを想うと、笑えない冗談になったりする。親の葬式に笑いをこらえていた蛭子さんレベルにしかわからないジョークだ。

その「老」との激しいコントラストで「若」がぴかぴか輝いたCMも流れていた。こども店長である。こどもだから、というだけで大目に見てきたが、いよいよ鼻についてきた。うぜえ、と書くだけで悪者になったような気分にさせられるのが、なによりも鼻につく。批判のスキひとつない絶対正義。「こども」という記号だけで存在する、中身がすっからかんのカワイイCMを観せつけられると、批判する自由も気力も奪いにくる狡猾さに反発したくなる。「あのCMはきたねえよ」くらい言わないと、未来はないし、世の中つまらん。

ほんとにさいきん
「かわいいね」というCMが目にあまる。

ソフトバンクの犬については、もうソフトバンクも展開に限界が見えててきて、人気があるから引き際を見失ってる感じがしてて、なんか同情はしている。

当初のデキは良かった。獣姦をにおわせる影のある設定でありながらもアットホーム。ハラを抱えて笑うことはないが適度な毒があり、おもしろすぎない絶妙のほほえましさが憎たらしいくらいうまかった。この簡単なように見える高度なバランス感覚を知らずに、「かわいい」というパッと見だけをまねして無惨に失敗しているCMが相次いでいる。

多すぎるので、とくにイラつくものだけあげとこう。

●エネオス
つまらなすぎるコントをゴリラにさせて質の低さをカモフラージュし、お笑いに影響されたバカ女のように自信たっぷりで突っこむOLがでてくるやつ。

●キューブ
うすら笑いのシニカルなイメージで視聴者にこび過ぎないキャラづくりをねらったが、結局は神経を逆ナデするだけになってしまったことに気づかない、シカがでてくるやつ。

●アフラック
「アヒルのかわいい」+「ネコのかわいい」=かわいい2倍、という式を信じきっている、思考停止のあきれた間抜けぶりがにじみでてるやつ。

●トヨタ シエンタ
「けんたきゅんきゅん、ママにきゅん」という人間のIQを下げる呪文で、味方よりも敵を増やし、親バカさん以外の人をムカつかせるために作っているとしか思えない、幼稚さが画面からあふれでてるやつ。

ほんとにさいきん
「むかつくね」というCMが目にあまる。

「かわいい」と「愛される」は違う。その違いは「弱さ」である。弱さがあるものは、かわいいをこえて、愛されるところまでいく。ゴリラにも、シカにも、アヒルにも、ネコにも、ガキにも、かわいい以上の感想をもつことはできない。かわいいの押し付けは、ナルシズムの共有を迫られているだけだから。影を描かなきゃ、光はみえない。ソフトバンクの犬には影がある。そこには、同情や共感や親近感をまぎれこませる余白が大きく残されている。あの犬が「愛されるCM」になったのはそこが理由だと思う。正直、もう飽きたけどね。

TEXT by 副編

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2009年9月11日 (金)

潮田玲子は何になりたいのだろう。

ラグビーは日本では有名なマイナースポーツである。そのマイナースポーツのさらにマイナーである7人制がオリンピックの種目に選ばれた。そのマイナーな7人制のさらに女子があることをごぞんじだろうか。セブンス女子日本代表。マイナーにマイナーを重ねて、もはやその存在は注目に値する、と思う。

フィギュアやバレーは別にして、マイナーなさらにマイナーである女子選手による競技は、美人がひとり入ればメディアが飛びつき持ち上げ、人気という名のハシゴをかける。テレビが選手のケツを押して頂点まで押し上げたところで、あとは実力を待ちながら下からカメラでなめってオカズにする。下品だがそれが真実だと思う。

ビーチバレーの浅尾美和、女子ダブルスのオグシオ、ラクロスの山田幸代………ビジュアルがあればマイナースポーツが活性化することを彼女たちは証明した。そして、なでしこジャパンがそれを反証した。

さて、ラグビーである。誰かがハシゴをのぼらせられるだろう。

筆頭は、スタンドオフ 鈴木彩香である。

深く説明はしない。記事で前評判をつくる気はないので、判断していただきたい。注意は、検索すると同名のAV女優が出てくることだけ。どうせ、そろそろどっかが密着取材とかはじめてるだろう。わかりやすいヒロインづくり、おつかれさまです。

あとは、アナウンサーしか使わないキャッチフレーズを考えるのみだ。正しくは、キャッチフレーズではなくネーミングなんだが。

バレーは、火の鳥ニッポン
サッカーは、なでしこジャパン
ホッケーは、さくらジャパン
新体操は、フェアリージャパン

どれもこれも「日本」というコンセプトで突き進んでいるが、「さくら」は、よくわからんだろう。ネタ切れ極まった。というか桜のジャージーだけに、先にとられた感がする。

現状のマイナー感で言えば、朱鷺ジャパン。だが、そもそもジャパンと呼ぶのはラグビーから始まったはずだから、いらないはず。と、いってもテレビには民意は反映されないから無駄だろうが。

もちあげられた後は、落ちないことを心配するのみだ。メディアのハシゴは上れば上るほど景色がよくなるから、思わぬ悲劇を引き起こす。その象徴は世界水泳の田島さん。「めっちゃ悔しいですぅ」→「金がいいですぅ」→「女優になりたい」→「めっちゃ悔しいですぅ」は人気が地に落ちる、という言葉のわかりやすい前例を残してくれた。

現在、オグシオの「シオ」が、あの日の田島になりかけている。テレビメディアの用意した人気のハシゴに足をかけて曲芸している状態。レギュラーをバシリと決めた現在は尾張名古屋の金の鯱、人生転落の出初式か。

潮田玲子は、何になりたいのだろう。

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2009年9月 9日 (水)

でっかいハナクソがとれた。

「何にもない日」でgoogle検索。

結果 約13,900,000件。

「何にもない日」というタイトルで
更新したブログはたくさんある。

でも、何もない日に、
本当に何もしていない人はいない。

メシがうまかった。
ハラがたるんできた。
きょうのヘがくさい。
つまらないテレビしかやってない。
なれなれしいラジオのパーソナリティ。
ネットにあきた。
こんなにヒマなのは、いつ以来だろう。

というように、
何もない日はなくて
興味がない日があるだけ。

ニュースがない、も、
本当は、興味のあるニュースがない
ということだろう。

世間のニュースは、
自分の興味と重なりあって
自分のニュースになる。

衆院選挙。

家の近くが投票所だから、
投票日に、明らかに、こいつはバカ!
と断言できるバカな若者が
バカみたいに往来していた。
バカなピアスを鼻にはめ、
バカなズボンをバカかと思うくらいずり下げ、
バカな顔をしてタバコを吸いながら
バカバカと道幅いっぱいに歩いていたバカ。

あの日、あのバカは
選挙を、世間のニュースを
自分のニュースにした。

民主は連立の最終調整に入った。
千葉県400部署のうち96%で不正経理。
裁判員裁判 初の執行猶予付き判決。

これが興味のあるニュースとして聞こえたとき、
あのバカみたいなピアスは、
俺のⅠ票が関わっている、
という手ごたえをつかんだりする。

衆院選挙の価値は、
そんな何もない日を減らしたこと。
世間と個人を関係させたことだと思う。
この前の選挙は、日本を小さくしたニュースだった。

何もない日は減っていく。
政治ブログは隆盛する。
バカが政治を語りだす。

本当にくだらないことや
ちょっとした幸せが
書きづらくなる。

そんな中、ゆるゆる新聞は
断固として下らなくありたい。

ちいさな幸せとささいな発見を
大切にしていきたい。

今日のニュースである。

でっかいハナクソがとれた。

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2009年9月 7日 (月)

人生ログアウトしてました

突如、霍乱して病院行き。
今までの疲れが内臓へ攻め入り、
人生ログアウトしてました。

再開します。

最近のメモから。

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●「1Q84」大フィーバー
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村上春樹は、純文学ではない。
純文学はあんなにバカみたいに売れない。
悪玉ミーハー菌は、フェーズ6。
日本人的サブカルパンデミック。
ブックオフに山積みになる日が楽しみ。

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●札幌市 南区のホームぺ−ジ
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南区のホームページで
クマ出没注意!の呼び掛け。
その呼びかけのキャラクターがクマという矛盾。
『クマ太郎からのお願い』
俺出没注意!ってことか。
死亡事故増えてるから、
クマが人間の味を覚えたのだろう。
もはやクマ太郎に可愛さは皆無。

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●キリン「コクの時間」の下ネタ臭。
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第3のビールのキリン「コクの時間」。
下ネタ臭を大人ほど指摘しないのはなぜか。

こ・く【放く】 
 ①体外に出す。はなつ。ひる。
「屁を—・く」
 ②ものを言うことを卑しめていう語。ぬかす。
「嘘を—・きやがれ」

ウラの意味、含みすぎ。
いよいよ「ヌキの時間」新発売か?

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●自虐的なおんな芸人
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エスカレートしてるから、
うつや自殺がいよいよ恐い。
落語家とか、けっこう逝ってるから‥
誰も傷つけない過激な表現は、
自分を傷つけることしかないのか。

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●ゲイになっていた店
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自虐的ということで言えば、ゲイもそう。
自分を傷つけてはじける笑顔も時々翳る。
久々に行った店が、
ゲイの吹きだまりに大変化。
オトリにしたO氏が
胸もみしだかれている間に退避。
新宿二丁目からのゲイ軍の侵攻。
なにごとかと思ったら、
9月18日、札幌はゲイパレードらしい。
連休前だから、おそろしい。
すぐ帰ってはくれなそう‥
9月の5連休、札幌は「Allways 〜二丁目の夕べ〜」

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●しんぼる
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松本人志監督作品、第二弾。

面白いか、面白くないか、
新しさとか、奇をてらってるとか、
は、置いて。

「また批判されそうだ」

と、すぐ想像できるのはなぜか。

ずっと不思議だったが、
この前、CMみてて
当たり前のことにようやく気がついた。

それは、
本人が出ているから。

本人が新たな自分とか出さないから。

それが、
意外性がない一番の理由だと思う。

面白いか、面白くないか、
は、置いて。

また

「松本人志が、好きか嫌いか」

を試される作品に仕上ったのは確か。

正確には、松本人志 主演作品、第二弾。

みんなお笑い以外の松本人志が
知りたいだけなのだと思います。

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TEXT by 副編

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2009年5月15日 (金)

「大人グリコ」のうまく言えない後味の悪さ

誰もが最初は「おっ!」と思ったはずなんだ。でも、こうして連作を見てくと、見たかったような、見たくなかったような、モヤモヤとした感情が胸に広がってくる。しかも、いろんな種類のモヤモヤが混じってる感じ。グリコのCM「25年後の磯野家」は、そんな複雑な後味をかもし始めた。批判が難しいCMだ。だから、丸飲みして、面白いね、と言って片付けたほうが楽である。

でも、胸に気持ち悪さがどうしても残るので、整理しておきたい。

まず、人気マンガの実写版というモヤモヤ。古くはジャッキーチェンの「シティーハンター」。最近ではアメリカ版「ドラゴンボール」。どちらも「誰が望んだ実写化なんだよ」というやつだ。でも、サザエさんって「人気マンガ」なんだろうか。長年愛されてきた国民的アニメ、と呼ぶことはできても、人気マンガとは呼びにくい。スラムダンクとかと並列にはできないだろう。

これはマンガの実写版ではなく、国民的アニメの実写化である。だから既存の実写化に対する批判がちょっとズレている気がしてくる。しかも「25年後」という批判のズラし方が効いていて「あくまでも25年後ですから」というお目こぼしが期待できる。しかも放送が終わっていない。現役である。これまた前例がないから、扱いにくい。なにかモヤモヤをぶちまけられるとしたら、

「原作者に失礼だ」

という、怒りだろう。どんな実写版でも一番怒るのは熱烈なファンである。でも、ここで疑問。

「サザエさん」に熱烈なファンなどいるのだろうか。

サザエさんは、長い年月をかけてみんなが共有してきた幸せの家族モデルである。古き良き日本の風景みたいなものだ。昭和ニッポンの家族像であり、古典みたいなところにまで足をつっこんでいる。すんごく好き、という人はいないし、すんごく嫌いという人もいない。「サザエさんが大好きですか」という問いに「すっごい好き!」と答える人はいない。だから、怒る寸前にひとつの疑問が心をよぎる。

「俺って、そんなにサザエさん好きだったか?」

どっちでもないという人が大半だ。そんなに言うほどのことでもないし、という歯止めがかかる。でも、なんか口をはさみたくなっちゃうんだ。

カツオが、浅野忠信かぁ。
ワカメが、宮沢りえねぇ。
タラが瑛太で、イクラが小栗旬なんだ。

別にいいんだけど、そうじゃないんだよな、という感覚。はじめは目につかなかったものが、連作を通して細部がだんだん気になってくる。キャスティングとか、その後の設定とか。一発目に感じなかったものが、二作目、三作目にじんわり浮かんでくる。しかも、それが力説すべきものではないところがやっかいだ。

それだけ「サザエさん」という他愛もないものが、大切なものなんだと思う。日本人に深く根ざした「深層心理の善」なのだと思う。原作に敬意をはらって、とてつもなく丁寧につくってるのはわかる。しかし、誰もが納得しなければならないCMはないけれど、誰もが納得しなければならないネタを取り上げていることに対して、自覚的なのかを問いたくなる。日本総国民を相手にしていることに気づいているのだろうか。

グリコにそんな気はないと思うのだ。

CM史に残る「作品」かもしれないが、今はいいけど後々の後味が微妙になってくる。どうしても気になるはずだし、無理が出てくるはずだ。びっくりした、でやめときゃいいのに。金がらみのCMじゃなくて同人誌でコソコソやったり、酒飲み話にしとくのがちょうどいいネタである。サザエさんの未来をいじっていい企業などない。サザエさんは、みんなのもの。

「25年後の磯野家」は、サザエさんの未来化を通して過去の幸せを教えてくれた。何気ないものが幸せだったんだな、って気づかせてくれたことに関しては感謝している。ただ、そのことが分かった今、次回作がオンエアされるたび「これって、やっちゃいけないことなんじゃないか」って気づきはじめている段階だと思う。少なくとも俺の後味の悪さはこれだ。このCMって、何気ないけど、すんごい大切なものを傷つけているんじゃないかって。続編ができるたびにハラハラする。気にしすぎか。

text by 副編

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2009年5月 1日 (金)

北野誠謝罪会見のすばらしき茶番

歴史と伝統が培った上質なホスピタリティを備えるウェスティンホテル大阪で、北野誠が謝った。何について?誰に対して?

「慢心があり、未熟さが出てしまった。」

だから、それは何のこと?

「あらためて発言することによって、むし返すことになり迷惑をかける」

じゃあ、これ意味あるの?
と、問いつめる人はいない。

今回の題名のない謝罪会見は、ネットで流れている予備知識がけっこう正確であることを示したと思う。
そして、

「本当のことは、電波では伝えられない」

ということを、ますますくっきりさせた。テレビには言えないことがある、だから言えないことのほうに興味がいく。テレビがつまらなくなったと言う人がいるが、テレビに映らないことのほうが面白いことに気づいたから、つまらないと思えるようになってきたんだと思う。

こうなると、テレビは「まっすぐ伝わらないこと」を念頭に作っていくしかない。

美味とかお得とか誠意とか努力とか「善きこと」ほど嘘くさく、失言とか犯罪とか脱税とか「悪しきこと」は拡大される。 今だにテレビショッピングの芝居にだまされる人はいない。悪は極悪に、善は偽善に。その真実の原形は残らない。
こういう状況が加速してるから、テレビはどんどん卑屈になって自己否定をしつづける。

「テレビじゃわからないと思いますが、これすごく美味しいんです」
「テレビでは見せられないけど、自衛隊の実力は凄いんです」
「オンエアできないんですけど、楽屋では面白いんです」
「番組では恐い人に見えるけど、ふだんは凄くいい人なんです」

なんだかこればかりも、あまりに芸がない。
こんなことばかりしてるから、結局テレビは「虚」だからつまんない。と言って、ドキュメント番組を礼賛する人が現れる。反対に「虚」でもいいよとありきたりのバラエティーの作られたお笑いを楽しむ人がいる。極端に、二種類の分かれ方をしていくような気がする。もうちょっと意識して虚と実の間を笑って遊んでいいと思うんだが。「ガキの使い」みたいに。

ラジオでは伝わらないこと。
テレビでは伝わらないこと。
ネットでは伝わらないこと。

というふうに、どれだけ技術が発展しても「伝わらない」ほうに魅力は残る。価値がありそうに聞こえる。それは、埋められない真実の余白、つまり想像できる部分が一番面白いからだと思う。ヘアヌードよりセミヌードのほうがそそられる理屈だ。

そういう意味で言うと、北野誠の件は現代メディアをフルに使って、想像力をかつてないほどに刺激してくれた。これからのテレビに求められる評価されるべき「すばらしき茶番」だと思う。テレビというボケが、ネットというつっこみをはっきり認識した事件、と言い換えてもいい。

text by 副編

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2009年4月30日 (木)

高島屋はアテ馬?丸井は金で伊勢丹へ。

三越伊勢丹 VS 高島屋

丸井今井の譲渡問題が、いよいよ泥沼になってきて面白い。と思っていたら、急転直下、伊勢丹に決まった。
高島屋案は、札幌、函館、旭川に加え、室蘭店も営業支援する、と太っ腹なことを言っていた。伊勢丹案は、札幌と函館の二店を存続。もちろん丸井は高島屋案を支持してきたわけだ。社員もいっとき安心しただろう。でも、

やっぱ、伊勢丹にする。

だってさ。いきなり旭川店はつぶれることになった。たまんないね。最終的には「事業譲渡額」の差。つまり、のれん代の差である。高島屋はアテ馬的存在だったのかもしれん。

企業の買収・合併時の「企業の純資産」と「買収価額」との差額が「のれん代」となって、「ブランドの総合価値」が問われているわけだが、ここで気になったのは金額ではかれることじゃなくて、もう少し本質的な「のれん」こと。

「のれん」と「ブランド」の違い。

のれんはブランドの過去形だと思う。
「のれん」は伝統のために歴史を守り続けてきた、という感じが強くて、「ブランド」は未来のために前進してきた足跡という感じ。「のれん」はHISTORYで、「ブランド」はSTORY。

だから「丸井のブランド」とか言われてもピンとこないが、「丸井ののれん」と言われるとピンとくる。つまり「のれん化した企業」と「ブランド化した企業」があって、今、それがごっちゃになって、今どちらも「ブランド化」と呼ばれている。

丸井は「ブランド」で商売などしてきてない、やっぱり「のれん」で商売していたから、ここまでぼろぼろになったんだと思う。企業は歩みを止めたとき、そして挑戦をあきらめたとき、年老いていく。踏み出せばその一足がブランドとなり、その一足がブランドとなる、と思う。

とりあえず「やっぱ伊勢丹」としたこの譲渡の結末は、イメージを失墜させた。「ブランド」はSTORY。だとしたら、後はもう、上がるだけという見方もある。「ファッションの伊勢丹」が「ファッションの丸井」をつくることはできるのか。

誰も気にしていないが、札幌丸井の近所にある札幌三越は、複雑な顔をしていると思う。

text by 副編

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2009年4月27日 (月)

夜空ノムコウで草ぬぎ君がセロリぶらぶら

◇草ぬぎ容疑者:
 「裸だったら、なにが悪い!いや悪かった!」

 公然わいせつ容疑で23日、現行犯逮捕された人気グループ「SMAPPA」の草ぬぎ容疑者は、SMAPPAの中でも「弾丸ファイター」として人気を集めていた。俳優やイメージキャラクターとしても幅広く活躍。芸能界では「たぶんオーライ」とはいかず、所属事務所はCM中止やキャラクター差し替えなどの対応に追われ「オーバーフロー!」「時間よとまれ」と悲鳴を上げた。

 ぬぎ容疑者は警視庁赤坂署員に取り押さえられた際「ドリンク スマップ!」と叫び、手足をshakeして暴れた。ぬぎ容疑者は容疑に対し「チョンマル」とうなずき、「GO NOW!」とあっさり任意同行に応じた。

 同署によると、23日午前2時55分ごろ、東京・赤坂の港区立檜町公園の近所の住民から「はだかの王様!しぶとくつよしが騒いでいる!」と110番があった。現場は都心の公園で、複合商業施設「東京ミッドタウン」に隣接している。

 同署員3人が駆けつけると、ぬぎ容疑者は公園内の広場の芝生の上でオリジナルスマイルを浮かべながら「BANG!BANG!バカンス」「しようよ」と大声で叫んでいた。周りには誰もおらず、近くにジーパンが脱ぎ捨てられ、セロリ、オレンジ、10$(テン・ダラー)が散らばっていた。署員が注意すると「どんないいこと?朝日を見に行こうよ!」などと騒いだため、署員3人はTriangleで保護用シートで草ぬぎ容疑者をくるみ、パトカーに乗せたという。逮捕から約4〜5時間後の飲酒検知では、酒気帯び運転となるレベルの同0・15ミリグラムをはるかに超えたアルコール分が検出された。

 近所の住民によると、公園には世界にひとつだけの花が咲き、夜空ノムコウにはもう明日が待っていたという。


◇原宿署へ移送中「幸せの果てに」熱唱

 草ぬぎ容疑者は同日午後0時55分ごろ、建て替え中で留置施設のない赤坂署から原宿署に身柄を移送された。ワゴン車の後部座席に両脇を署員に挟まれる形で座り、青いTシャツ姿で「幸せの果てに」など10曲を熱唱。うつむいた姿勢で表情はうつろだった。

◇ジャリーズJr「君色思い」熱唱

 ジャニーズ事務所は午後0時半ごろ、総務担当者がコメント 「育ってきた環境が違うから、ハダカ好きは否めない。衣服がダメだったり、お酒がダメだったりするのね」。今後は?という報道陣の質問に対し「うーん、がんばってみるよ。やれるだけ。」と突き放した。
 会見後、ステージにジャリーJrが登場し「始めからきっと気づいてた。いつか終りがくること‥‥」と 「君色思い」を熱唱し、草ぬぎ容疑者に捧げた。

◇鳩山総務相「たいせつ」熱唱

 鳩山肉夫総務相は23日、報道陣に対し「地デジを守るため、そのために生まれてきたイメージキャラクター。あきれるほどに、そうさ、強い怒りを感じる。怒りが炎、体、焼きつくす、しょっ中。国民のお金がかかっている。Hey Hey おおきに毎度ありという感覚では困る。KANSHAして行動してもらいたかった。ポスターなどすべて替える」と述べ、「たいせつ」を熱唱した。

◇蚊取メンバー「夜空ノムコウ」熱唱

事件当時、現場近くにいたと思われる香取さんは名曲「夜空ノムコウ」のリズムに合わせて状況を語ってくれた。「誰かの声に気づき、僕らは身を潜めた。公園のベンチごしに警官の姿が見えた。彼に何か伝えようとして、逃げ帰ったその日は、僕の心のやわらかい場所を今でもしめつける。悲しみって、いつかは消えてしまうものなのかな。」と沈痛な面持ちで歌い上げた。

◇否垣メンバー「Dear WOMAN」熱唱

「Welcome ようこそ僕の世界へ」と突然歌い出したのは否垣メンバー。不起訴ではあるが前科もちの否垣は、原宿署にいる草ぬぎについて「君がいまそこにいること 飛び切りの運命に 心からありがとう。昨夜も君が君らしく星空の下で輝いていた」と目をつぶりながら事件当日に思いを馳せた。会見終了後に「ほんとうになぐさめてやれるのは、マエのある僕だけ」とつぶやいた。

◇SMAPPAメンバー草ぬぎ応援コンサート
 『友だちへ 〜What you say?〜』開催

 SMAPPAの蚊取・否垣・中位らは、国立霞ヶ丘陸上競技場で草ぬぎ応援コンサート『友だちへ 〜What you say?〜』を開催!「裸になって何が悪い」と叫んだ草ぬぎ容疑者へエールを送った。
 リーダーの中位は「この曲がかなり古い歌なんですが、今の状況にぴったりなんですよ」と前おきして『裸の王様〜しぶとくつよく〜2009バージョン』を披露。観客1600人が酔いしれた。当日、木村は欠席した。

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はだかの王様 〜シブトク つよく〜2009バージョン

これくらいのサケならいいか
なんてやって すっかり脱いで
急にみんなに責められて
なんかやばい状態だね

文句を言って 気が済むならさぁどうぞ
忘れてくれる 時期をただ待ってます

だから…
jan jan jama jan jama jama ずっと
未熟者でも ご容赦ください
jan jan jama jan jaja それでも
はだかのままが ホントに気持ちいいんです

態度はでかい でも気は小さかったりで
個人としては 結構いいヤツなんです

だけど…
jan jan jama jan jama jama きっと
懲りないんです ご容赦ください
jan jan jama jan jaja まだまだ
オシリの青い はだかの王様なんです

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